娘の部屋に入ったのはこれが初めてだった。
上京し、ひとり暮らしを始めたあの子は「大丈夫だから」を繰り返し、心配する私が訪れようとするのを頑なに拒んだ。
真面目で、親の言うことをよく聞く娘が初めて私達に反抗し、上京したのが五年前。
今、私は思いがけないものを見ている。
「好きだったんです」
目の前に広がるのは私の知らない漫画かアニメのキャラクター。青い髪の、眼鏡をかけた男の子が数え切れないくらい並んでいる。
机には見たことない機械が並び、その周りにも小さな同じキャラクター。
「これ、液タブって言って、これで漫画描いてたんです。年に一回は必ずイベントに参加してました」
――知らない。
「これ、作った本」
「·····作っ、た?」
「お母さんにだけ、見せてもいいって言ってました」
薄い本の表紙には青い髪の男の子。
「Xでも時々ご家族の話されてたんです。·····見ますか?」
初めて会う娘の友達は、私と四つ違いの女性で、でも私より若い格好で、それより何より、娘を私より知っていて·····。
「見ても、いいものなんですか?」
「××さん·····あ、コレ、彼女のアカウント名なんですけど。亡くなる少し前に、デジタル遺品とこの部屋にあるものの整理を私に託されたんです。それで、ご家族はお母さんにだけ知ってて欲しい、と·····」
ベッドの端に並んで座り、彼女の手の中にあるスマホを見る。
『設営完了~。皆様今日はよろしくお願いします!しんどいけど楽しいから頑張る!』
机に並んだ本。
顔はニコニコマークで隠してあるが、ピースする薬指が曲がる癖で娘と分かる。けれどその服装は見たことないもので。
「イベントの時はいつもゴスロリ系で揃えてたんですよ」
彼女がクローゼットを開ける。
フリルがたくさんついた服が並んでいる。
「普段はこっちだそうです」
隣に並んでいたのはシンプルなスーツやカーディガン。
「ああ、これ」
ベッドに戻った彼女がスマホの画面をスクロールさせる。
『いつかお母さんには話したい。好きなもののこと、家を出た理由、帰らない理由。そして将来は、お母さんと二人で暮らしたい』
「――」
「ちょっとメンタル下降してた、って言ってた時期で、これ呟いた二週間後に、病気が見つかったんです」
――知らない。
「オフで会った時に色々話してくれて·····」
画面が滲む。
私は娘の何を知っていたんだろう。
カーテンの向こうに夕日が見える。
差し込む赤い光に、名前の知らない男の子が照らされる。
「あなた、時間はあるの?」
私の問いに、彼女は紫のネイルをした手でピースを作る。
「有休三日取りました」
「·····ありがとう。実は私も、初めてなんです」
「·····?」
「夫に反対して旅行する、って言ったの」
「××さん·····あ、本名の方がいいですね。明日、〇〇さんの行きつけのお店、行きましょう!」
「·····そうね。でも今は、ここで」
私の知らないあの子と、彼女の知らないあの子。
知るための鍵を探そう。
END
「君が隠した鍵」
11/24/2025, 11:47:16 PM