※天体観測部の二人の話。その後。
なんかだいぶベーコンレタスっぽくなってきてしまった気がするので、苦手な方はご注意ください。
「部長って進路どうするんすか」
夏休みが終わり、残暑が続きつつもほんの少しずつ秋の訪れを感じられるようになった今日この頃。
部員達が帰ったあと、机に座り部誌を書いている俺を特に頼んでもいないのに待ち続け、前の座席を引っ張ってきてそこに後ろ向きで跨り、肘をつき、何が楽しいのやら鼻歌を歌っている部長へ、俺は特に深い理由もなく雑に問い掛けた。
「え、進路〜? まぁ、大体決まってるかなぁ〜?」
「そりゃ安心しました」
「ちょっと、ゆーやくーん? もう二学期だよ〜? 流石の俺でもそんな大事なこと、なぁなぁにするわけないじゃ〜ん!」
「部長だったら有り得るかと思って」
「も〜〜! 相変わらず酷いんだぁ、ゆーやくんは〜!」
癇癪を起こした子供のように長い手足をバタバタと出鱈目に動かす部長が邪魔臭いので、机と椅子ごと若干後ろへ移動した。
「あと〜! “部長”じゃなくて“先輩”!」
「部室なんで」
「なんでぇ〜!? もう誰も居ないよ〜!? 俺のこと部長呼びしなくても誰も聞いてないよ〜!?」
「部活中なんで」
適当に部長の文句をやり過ごしつつ、再び部誌に手を付けながら会話の軌道修正を試みる。
「ま、多分ふつーに大学進学っすよね?」
「ん、そうだね〜」
「希望する学部とか学科とか、その辺までもう決めてます?」
「お? おお〜? なになに、ゆーやくん、珍しく俺に対して興味津々じゃ〜ん? えー、嬉しい〜〜〜」
「来年に向けての参考資料です」
「俺、資料なの〜!?」
泣き真似をする先輩(可愛くない)を一瞥し、俺は視線を窓の外へと向ける。日が傾きだし、空は眩しいオレンジ色に輝いている。
「······だって、同じ部活で、同じ趣味持ってる人がどんな進路選ぶのか、気になるじゃないすか」
······あと半年もすれば。この部室からこの人の姿はなくなる。順当に考えれば、その後この人の持つ“部長”というポジションの跡を継ぐのは副部長の俺だろう。今いる後輩、そして新しく入ってくるであろう新一年生に、格好悪いところなんて見せたくないと思うし。やっぱり、「部長って凄い!」と尊敬されるような存在になりたい。俺が、この人に抱いたものと同じような感情を、俺もいつか誰かから向けられたい。「この人みたいになりたい」と、道に迷った時に取り出したコンパスや羅針盤のように、誰かのための指針となれるなら。それだけで、きっと俺は頑張れる。そのためにも、ちゃんとした未来像を思い描きその姿を目標に日々邁進することってとても大事なことだと思うわけだ。俺は誰かさんと違ってふにゃふにゃじゃないので。
「例えばだけど」
そのふにゃふにゃした当人であるところの部長は······望先輩は、たまに見せるようになった射抜くような真剣な眼差しで、俺の顔を真っ直ぐ直視する。ヒュッ、と何故か息が詰まった。
「俺が、この大学のこの学部にするよ〜。······って、事細かに教えたら······ゆーやくんは、俺を追ってきてくれるの?」
「······え、っと······」
一体何を聞かれているのか理解が追いつかず、言葉に詰まる。追いかける? 俺が? 望先輩を? どうして? 何のために?
「お、れは······」
進路なんて人それぞれで、己の将来のことを考えた上でどうするのか決めるべきものであって、決して他の誰かに決定権を委ねていいようなものではない。だが、俺は······先輩に問われたことで、少し。本当に、ほんの少しだけ、考えてしまった。もし仮に、この人を追いかけるために己の進路を決めるのだとしたら、その理由はきっと──。
「······まだまだ、望先輩と一緒に天体観測、したいっす」
俺の発した言葉は、望先輩からしてみれば的を射ない返答であったことは間違いない。だが先輩は、俺のその言葉を聞いて······へにゃり、と笑った。
「俺はね、星のかけらを観るのが好きなだけで、別に天文学自体には一ミリも興味ないのね? そもそも、俺の学力じゃ受かんないと思うし。だから、無難に経済学部辺りを受験しよっかなって考えてる」
「······」
「けど」
先輩は前方に体重を掛け、椅子の脚を半分浮かせたかと思うと俺の机に両腕を組んで置き、ズイッと顔を近付け言った。
「そこね? ······天体観測サークル、あるんだよね〜」
まるで内緒話でもするかのように、片手を口元に添えて、先輩はふわふわ、ふにゃふにゃ、笑っていた。
自分の人生の大事な分岐点。自分自身で考えて決断しなくちゃいけないことは十分わかっている。······わかっては、いるが。
「······へぇ。いい情報を有難うございます、部長。いい参考資料になりました。それで、」
今度は俺が、片方だけ吊り上げた口元に片手を添えてひそひそ話を仕掛ける。
「そこ、なんて名前の大学ですか?」
誰かの“羅針盤”になりたい俺の“羅針盤”は、こんなにもすぐ近くに居たのだと気付かされた──そんな夏の終わりと秋の始まりの間の出来事。
1/21/2025, 4:41:35 PM