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『手を繋いで』


「ママ、僕を見て」
 懐かしい夢を見た。ママの顔、今となっては思い出せない。写真一枚残ってない。ママがいなくなった時、パパがママの写真を全部ビリビリに破いて捨てたからだ。
 当時の僕は何をしているのか分からなかったんだけど、今なら分かる。裏切られた憤りからの行動だったんだろう。

「マサキ、これからはパパと二人で暮らすんだ」
「うん」
 本当はなんでなのか、ママはどこに行ったのか聞きたかったけど、聞いてはいけない気がして聞けなかった。

 パパはちゃんと僕を見て、僕の手をしっかりと握った。パパは僕のこと見てくれる。だったらパパがいいと思った。

 パパはいつも疲れてた。僕と手を繋いで保育園まで送って、仕事に行って、外が暗くなってから迎えにくる。
 ママがいた頃はパパと手なんて繋いだ記憶はなかった。ママとも繋いだ記憶はないけど……。パパの手は温かくて大きい。

 初めパパは料理だって下手だった。
「美味しくないよな? ごめんな」
 パパは知らない。ママが出してくれるごはんは美味しかったけど、あれはママが作ったわけじゃない。お店で買ったやつだ。

 パパは下手な料理をいつもちゃんと作ってくれたから、キッチンはいつもグチャグチャだった。パパが疲れてソファで寝てる時、僕は踏み台を持って行って、お皿を洗おうとしたんだ。僕も役に立ちたかった。だけどお皿が落ちて割れてしまった。

 ガシャーン

 大きな音がして、パパは慌てて起きて、僕がお皿を割ったのだと分かるとため息をついた。
「ごめんなさい」
 怒られると思ったのに、パパは怒らなかった。それからうちの食器は割れない食器になったんだ。僕もパパの役に立ちたくて、お手伝いをするようになった。

「マサキは偉いな」
「パパのほうがもっとえらいよ」
 そう言ったらパパは笑って抱っこしてくれた。

 そんな男二人の生活がずっと続いた。僕はもう無力な子どもではない。結婚もして、子どももいる。親父は先日仕事を辞めた。定年退職ってやつだ。
 それでも元気だから、いつも息子と手を繋いで散歩に行く。

「親父、ありがとう」
「ん? 何のことだ?」
「何でもない」

 あの時、僕を見てくれて、大きな手で僕の手を包んでくれたから、僕は迷子にならずに済んだ。
 今となっては親父の手はそれほど大きいとは思えない。だけど、あの頃の僕にとって、何者からも守ってくれるような大きな手はとても頼もしくて格好いいと思った。
 だからもし親父が迷子になることがあれば、僕がその手を握って親父を守ろうと思う。



(完)

12/10/2024, 6:09:24 AM