しろくま

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【部屋の片隅で】

ふつーの人が見えない「何か」が見えちゃうんだよ、おれ。
オバケ?ユーレイ?なんか、そういうやつね。
子どもの頃からだから、あんまり怖いとも思わないよ。
母ちゃんや姉ちゃんも「見える」って言うし。

でね、おれの恋人はそういうの、ぜんぜん見えないし、感じない。
劇場とかスタジオってけっこうオバケがいるんだけど、アイツは気づきもしないから、「何か」をスニーカーで踏んじゃってたもん。
そんでもって平気なの。
オバケも逃げちゃうくらいの陽キャ。
逆にすごくない?さすがだよね、カッコイイ。

あ、でね、今日も仕事場の控え室の隅っこにオバケがいたの。
可愛い男の子。目がくりっとして、八重歯で。
ちょこんと隅っこに座って膝を抱えて、真面目な顔でおれたちを見てる。
悪いことはしそうになかったから、おれは気にしないようにしてた。

そしたら、急にアイツが変な顔しておれにいった。
「あそこに、ちびっ子の頃のおまえがいるんだけど」
ドキリとして部屋の片隅を見た。
男の子はジッとおれとアイツを見つめているの。
その時、突然おれの脳裏に何十年も前の出来事が蘇った。
この同じ控え室で、中学生のアイツが“彼女が出来た!”って、仲間に自慢してたこと。
それを聞いたおれは悲しくて、何故悲しいのか分からなくて、部屋の隅っこで膝を抱えて座っていたんだ──。

色んなことがあって、オトナになって、おれもアイツも苦しんだ時もあった。
でも今はおれたち、めちゃ仲の良い恋人だよ。
心配しなくていいよ、子どもの頃の“おれ”。

隣に立つアイツの手を握ると、“おれ”は安心したように八重歯を見せて笑い、そしてすうっと消えた。
「──オバケ、見えたんだ?」
隅っこを見つめたままの恋人をからかうと、アイツは息を飲んでおれを見つめて、「オバケなんか見てない」って強がる。
「だってオバケが見えたんだろ?」
「オバケは見てない。初恋の相手を見ただけ」
ギュッと繋いだ手を、子どもの頃の“おれ”に見せてあげたい。





12/7/2023, 11:53:16 PM