『もう一つの物語』
⚠︎二次創作のifストーリーです。
「俺を殺したのは、あなたですよね?」
黄昏色に染まった客室で、彼は言った。
バレた。
なんで。どうして。
気づかれていないと思っていた。
僕は震える手を隠して、平静を装いながら答える。
「ええ、僕ですよ」
自分を殺した犯人が目の前にいるというのに、彼は表情一つ変えなかった。
そうですか、となんでもないことのように相槌を打つ。
「怖くないんですか?」と僕が聞くと、
「別に怖くないよ」といつも通りの優しい声色で言った。
部屋にしばし沈黙が流れる。
僕は、窓の前で逆光を浴びる彼の姿を、ぼんやりと見つめていた。
不思議と、殺したいとは思わなかった。
ふいに、彼が口を開く。
「なんで殺そうと思ったの?」
僕は答えない。
答えたくなかった。
僕を見る両親の冷たい視線や、彼と楽しそうに談笑する横顔を、思い出してしまいそうだったから。
僕が何も言わずに俯いていても、彼は答えを促すようなことは言わなかった。
もう知ってたのかな、と僕は思った。
ふと、彼はこの後、どうするんだろうかと考える。
僕を殺すのかな。
でも優しい彼なら、こんな僕も許すのかもしれない。
ゆっくり顔を上げて彼の顔を見るも、いつもと変わらない穏やかな表情からは、なにも分からなかった。
彼は僕の方を見ずに、窓の外の地平線を眺めている。
何故か無性に、死んでしまいたくなった。
僕は彼に歩み寄る。
「僕を殺してくださいよ」
自分でも驚くぐらい、泣きそうな声が出た。
彼はちらりとこちらを見やる。
「いいよ」
そう言って、ふっと微笑んだ。
「一緒に死のう」
***
ガタンゴトンと、電車の走る音が聞こえる。
僕の彼は、夜空の下に立っていた。
遠くから電車がやってきて、僕のすぐ前を通り過ぎた。
冷たい風が髪を揺らす。
この電車は数秒おきにここを行き来していて、次の電車が来た時に、二人で飛び込むことにした。
夜風の音に紛れて、ガタンゴトンという音が、微かに聞こえてきた。
彼と目配せをする。
死ぬことへの恐怖は、もうなかった。
電車のライトが段々近づいてくる。
その光が眩しいぐらいになったとき、僕と彼は手を取り合って、線路に飛び込んだ、
はずだった。
僕の手から、温かい感触がふっと消えた。
え、と思う間もなく、轟音とともに、全身を激しい痛みが襲った。
体が砕かれたんだ、と遠のく意識の中で思った。
仰向けになった僕の目に、暗い目で微笑む彼が映った。
それを最後に、視界が暗転する。
暗闇の中で、音だけが残った。
彼の冷たい声が響く。
「ごめんね。でも、君だけは絶対に許さない」
10/29/2024, 11:25:48 AM