つぶて

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店先で足を止めると、ふわりと甘い匂いがした。
5月の花の香り。
心を託される花たちの香りだ。

胸いっぱいに吸い込む。
いい匂い。だけど、まだちょっぴり苦い。

微かなカーネーションの気配に、
決まって思い出すのは何年も前のことだ。

自分が馬鹿だと思うことは数え切れないけれど、
あれほど自分が馬鹿だと思ったことは少ない。
それまでの私は、
無償の愛、という言葉を信じて疑わなかった。

あんたは私の子どもだから。
いつだって母はあんたの味方さ。
母は我が子を愛するもんさ。当然だよ。

我儘で振り回していた母。
私が弱った時はいつでも寄り添ってくれた。
私はそれを不思議とも思わなかった。

ある年、ふと思い立って母の日に花を渡した。
なんだい珍しいね、と笑った母は泣いていた。
その光景に私は動けなくなって、それから……どうしたんだっけ。

親は我が子を愛するものかもしれない。
無償の愛を注げるのかもしれない。
だけどそれは当然のことじゃない。
自分より他者を大切にするなんて、ものすごいことだ。
そんな当たり前のことに気づいて、
私は己の浅はかさを一つ知った。

回想から醒めた私は、今年も店員さんに声をかける。
「これ、包んでもらえますか?」

5/16/2023, 2:21:17 PM