夜の祝福あれ

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想いの葉

秋の終わり、山間の村に一人の青年が戻ってきた。名を蓮(れん)という。五年ぶりの帰郷だった。

村は紅葉の盛りを過ぎ、木々の葉は風に舞いながら地に落ちていた。蓮は幼い頃からこの季節が好きだった。葉が燃えるように赤く染まり、空気が澄み、世界が静かになる。だが、今年の紅葉は何かが違っていた。

「葉が……燃えてる?」

蓮は目を疑った。山の斜面に広がる楓の林、その葉が本当に炎を纏っていた。赤く、橙に、時に青白く。だが燃え尽きることはなく、風に揺れながら、静かに輝いていた。

村の長老に尋ねると、彼は静かに語った。

「それは“想いの葉”じゃ。人の心が強く残った場所に、時折現れる。燃えているように見えるのは、未練や願いが形を取ったものじゃ」

蓮は胸の奥がざわついた。五年前、彼はこの村を出る前に、幼馴染の紗夜(さよ)に別れを告げられた。彼女は病に伏し、静かに命を閉じた。蓮はその事実を受け入れられず、逃げるように都会へ出た。

「紗夜の……想い?」

蓮は燃える葉の中に、彼女の面影を見た。笑顔で、風に髪をなびかせながら、彼を見つめていた。

その夜、蓮は林の中に立ち尽くした。葉が舞い、炎のように彼の周囲を包む。すると、ひとひらの葉が彼の手に落ちた。触れても熱くはない。ただ、心が温かくなるような感覚が広がった。

「ありがとう、蓮。来てくれて」

誰かの声が、風に乗って聞こえた気がした。

翌朝、林の葉はすべて落ちていた。燃えるような輝きは消え、ただの枯葉となっていた。

蓮は微笑んだ。紗夜の想いは、葉となって彼を迎え、そして静かに消えていった。彼はようやく前を向ける気がした。

そして、村に残ることを決めた。

お題♯燃える葉

10/6/2025, 1:43:22 PM