卑怯な人

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君の背中を、ずっと追い続けていた。
最初は、ごく普通の友人としての関係からだった。
私は、大して頭は良くないくせに、疑問ばっかりは浮かぶ人間だった。それに対して君は、聡明叡智で優しかった。そんな、対極に位置する様な私と君だが、思いの外、そういった所があるからこそ、上手くいったりするのだろう。だから私は、君に数多の質問をした。そして
優しい君は嫌な顔一つせず、私の質問に答えてくれた。


だからか、いつしか私は君に憧れて、君のようになりたいと思うようになった。君は私の理想像となった。そして、いつからか私は君を私淑するようにもなった。そして、そこから私には道ができた。その道を全力で進み続けることができた。あれもこれも、君という師がいたからだ。


けれど、現実とは無情である。時間が流れ、大学生になろうとしていた時期に、今まで進み続けていた足が止まったのだ。それは、夕刻、人伝に君の訃報を知ったからだ。私の足は自我を持ったかのように、頑なに進もうとしなくなった。


頭が真っ白になった。
その時、私は自暴自棄にもならず、咽び泣くでもなく、
只々、呆然と立ち尽くしていた。


先ずは、私の頭が理解を拒んだ。
その次に、胃が締め付けられる感覚がした。
とても、夕飯を食べられる様な状況ではなかった。
文字通り、心に穴が空いた様な感じがした。
そんな中でも、私は「人間って、いざ本当に辛くなると泣かなくなるものなのか」と客観的な考えをしている自分が嫌いになりそうだった。


そして、通夜に参列した時。私は久々に君...いや、君の亡骸を見た。その時、君の死を知ってから私は初めて泣いた。それと同時に、胸の底から込み上げてくる吐き気が、私を襲った。どうやら私は、どうしても君の死を受け入れたくなかったらしい。


君という目標が無くなった時、私は混乱の渦中に放り込まれた。家に帰ったら、君の後を追おうかとも思った。だが、私は生きている以上、「死」そのものに恐怖を感じる。前にも後ろにも進めない。辺りも黒く澱んでゆく。そんな中でも、通夜はお構い無しに進んでゆく。


そして翌日、告別式も終わり、出棺の時。君は霊柩車に乗り、火葬場へと向かった。忘れもしない、私が乗った車は君の一つ後ろだった。火葬場へ着き、最後の対面をする中で、ふと思ったことがあった。長い間、私は君を師の様に慕っていた。だからこそ、少しばかり君を知っているつもりである。比喩的に言うのであれば、私の心の中にはもう1人の君がいて、その君はまだ生きている。


「ならば、その君に質問をしたらどうなるのだ」


その時、黒く何も見えない中で一つの光が、私の遥か前で輝き始めた。それが私にとっての希望の目覚めであった。その後、火葬も終えて骨と化した君を骨壷に収めている時であっても、私はその光に目掛け走り続けていた。

「彼が残してくれたものを二度と無くすものか」


例え、どんなに暗くとも、辛くとも、苦しくとも、その時の私にとっては光があるだけで乗り越えられた。


だからこそ、今の私がいる。君と永遠の別れを告げてから気づけば30年を越えていた。心の中の君は、私が社会人になってから役目を終えた様に、どこかへ旅立った。
決して無くしてなどいない。むしろ、私が君を引き留めていたのだろう。ようやく、君は新たな旅に出た。君は、私に何かを託すように笑顔で去っていった。



                 了



2/9/2025, 1:06:18 PM