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「あの、一番光っている星まで競争しようよ!」

唐突に、ぼくらの眼前に広がる夜空を指差して彼女は言う。ぼくを誘うように振り返ったその顔はいたいけな少女のように無邪気だ。

おそらく今ぼくは死んだ魚みたいな目をしているのだろうが、彼女はそんなことはお構いなしにぼくの手を引く。
競争は好きじゃないんだ。走るのも嫌い。

「きみって本当に、顔で喋るよね」
心の中で何を呟いたのか、顔を見て理解したらしい彼女は可笑しそうに笑った。

顔の横に漫画みたいな吹き出しが出ていることがあるよ。と、前に言われたことがある。

彼女はそう言うけれど、ぼくとしては大いに反論したいところだ。まず、この凝り固まった表情筋のどこがどう動いて口よりも雄弁に語るというのか。

それに、それを言うなら君だって。嬉しいとき悲しいとき、甘えたいときや怒っているとき。移り変わる感情に合わせて繊細に変化していく表情が、言葉よりもたくさんの情報を乗せてぼくに語りかけてくる。

彼女はきっと気付いていない。その度にぼくがどれほど救われているか。どれほど魅せられてしまうかを。

君の内側から湧き出る感情が、瞳に宿るたくさんの想いが、ぼくの心を柔らかくしていく。

「じゃあここから、よーいスタートね」
やる気のないぼくに構わず楽しげに、適当に決めたのであろうスタート地点に立つ。

星々を背負って佇む彼女の手をぎゅっと握り締める。

「手を繋いでいたらできないよ」
彼女はまた無邪気に笑う。

そんなに急いで走らなくていいよ。
ゆっくり歩いていこうよ。
声にすべき言葉をぼくはごくりと呑み込む。

そんなことを言ったって君は、どうしたって走るのが好きなんだろうから。

「一緒に行こう」
手を繋いで走ろう。
それからときどき、ぼくに合わせて歩いてよ。

そうやって、ゆっくりあの星まで。


『夜空を駆ける』

2/22/2025, 7:15:01 AM