「……よし。」
今日も感情カートリッジを胸部ユニットに差し込んで、朝の支度を終えた。
ある時、人類は考えたのだ。世の中を、もっと合理的に回そう、と。
そのために開発されたのが、感情カートリッジ制度だった。
暗い感情は街の治安を乱し、争いの火種となる。
そこで、毎月政府から支給される、正の感情だけが詰まったカートリッジを、改造された人々の肉体に装着するようにしたのだ。
人々はたちまち幸福、悦楽、歓喜だけを感じるようになり、憤怒や悲哀なんかの辛い感情は全て忘れ去った。
街は明るく笑顔に満ちて、争いも無く、順調に世界が回る――そんなはずがなかった。
街には作りものじみた笑みばかりが並び、親族が死のうと皆笑っている。
けれど、誰もそれに疑問を抱かない。
当然だ。我々はもう、正の感情しか感じられなくなったのだから。それ以外を奪われた、と言ってもいい。
僕は確かにカートリッジも装着しているし、正の感情しか感じていない。
けれど、この世界に心底疑問を抱いている。
僕は、この世界を疑い、批判することを心底楽しんでいるからだろう。
何故皆、この紛い物の幸せを何も考えず傍受できるのか。
そもそも、こんなふうに管理されて生きている我々は真に生きていると言えるのか。
そんな、捻くれて、誰もが失笑して唾棄するような問いを、いつまでもいつまでも大切に抱き続けている。
どれだけ人々を管理して感情を縛り付けたって、僕のような人類がいる以上、絶対に争いはなくならない。
争いを楽しむ人がいる限り、あの政府達は僕達を縛れない。
胸部のユニットがまた、ぎしりと音を立てた。
本来の制御用途を果たせていないこのポンコツは、きっと今に駄目になる。
けれど、僕が僕の心を取り戻したって、結局今の僕と大差ない、そんな気がした。
無為なことを嬉々として考えながら、僕は笑顔で満ちた街の中へと歩みを進めた。
テーマ:My Heart
3/28/2026, 8:51:42 AM