【ページをめくる】
白い紙は、静かな湖面に似ていた。指先をそっと差し入れると、波紋のように文字が広がり、沈んでいた声が浮かび上がる。
一枚をめくるごとに、私は時間を裂いている。昨日の私と今日の私を隔てる、薄い膜を破っている。そこには、まだ誰も歩いたことのない小径が、密やかに続いている。
紙の匂いは土の匂いに似て、ページをめくる音は風の羽ばたきに似ていた。まるで、知らない土地へ移り住む支度をするように、私は物語へ身を移す。
閉じれば、現実の重さが戻ってくる。だが、めくった瞬間の私を、誰も奪うことはできない。
それはほんの刹那の自由であり、祈りに似た動作だった。
だから私は今日も指先で未来を試す。
一枚の紙をめくる、それだけのことで。
9/2/2025, 2:22:33 PM