遠い日の記憶
「お母さん、寒いから、あったかいお蕎麦食べたい」
商売が上手くいかず、お父さんは生活費を持ち出すギャンブラー
お母さんは店番と、病弱な私のお姉ちゃんの看病。
お姉ちゃんが夜中に発作が出たら私は荷物持ちとして叩き起こされる。入院したら私は親戚の家に預けられる。
いつもお母さんの背中を見てた。
おばあちゃんに嫌な事いわれたり、お父さんがいなくてもお仕事したり。
忙しいお母さんに代わって、ご飯を炊く。洗濯をする。
お姉ちゃんは機嫌が悪いと私を叩く。
お姉ちゃんを怒らせたら発作が起きて、また病院代がかかる。
悲しくなったり、寂しくなったら元野良犬のペットの犬小屋に行く。
犬はいつも私の入れるスペースを空けてくれて、温かい。
お姉ちゃんが入院した日。珍しく私は預けられず、家に親戚が集まった。
大人の怖い顔から逃げたくて犬小屋にいた。
「お姉ちゃんは病弱で心配だから家で面倒みてあげるから」
「いや、お姉ちゃんは我が家で預かった方が病院が近い」
そんな親族の声が聞こえて、どうやらお姉ちゃんの取り合いをしてるみたい。
お姉ちゃんが貰われっ子になっちゃったら、寂しいけれど夜中に起こされたり叩かれたりしなくて済むし、お母さんもゆっくり休めるな。
病弱なお姉ちゃんはワガママだけど、色白でほっそりしていて目がパッチリでお人形さんみたいな可愛らしさ。
2つ年下の私は健康だけが取り柄で、地黒でチビで不細工だ。お姉ちゃんはいつかお金持ちのお医者さんと結婚するって。私は家業を継ぐ為にお婿さん貰うんだって言ってたから、お姉ちゃんはいつか家を出て行かなきゃならない。結婚できる歳まではまだまだあるけどちょっと早まるだけなのかもしれない。
お父さんのいない親族会議にお母さんの親族はいない。
お母さんの親族はうんと遠くに住んでいるから、去年に私だけで何か月か預けられたきりだから、お母さんはもううんと長い間会っていないのかもしれない。
翌日、お母さんとお姉ちゃんのお見舞いに行った帰りにお母さんは海に連れてってくれた。
海水浴とかの海じゃなくて大きな船が泊まってる海。
海水浴の季節じゃなくて、新年を迎えたばかりの寒い日。
お母さんは珍しく私と手を繋いでくれてる。
2人の手は手袋もしてなくて、骨っぽいお母さんの手も私の手もアカギレが目立つ。
お母さんは海に飛び込んで死にたいって思っている。
私を一緒に連れていこうとしてる。
お母さんが決意をする前に、何か言わなきゃっていっぱい考えた。
だから
「お母さん、寒いから、あったかいお蕎麦食べたい」
生まれて初めてワガママを言った。
『死にたくないよ』
お母さんは、そうだね。って言って、近所のお蕎麦屋さんに連れてってくれて、かけ蕎麦をひとつ頼んでくれた。
7/17/2024, 11:13:58 AM