「もう一歩だけ、」
放課後になり帰宅しようと席を立った瞬間、友人が目の前でパンっと手を合わせた。
「一生のお願い!協力して!!」
腰を90度に曲げてつむじがこんにちはしている。
どうせこいつの事だ。アニメの推しの話だろうな。
私はニヤニヤと「レン様?」と尋ねた。
彼女は目を輝かせて私の肩を掴むと大きく頷いた。
レン様というのは彼女が昔から好きなアニメのキャラクターだ。
乙女ゲーム発祥のアニメ「桜薔薇学園」で主人公に対していわゆる俺様系でグイグイとアプローチしてくる。
黒髪ロン毛の切長目でどこか中華の高貴な人を思わせる風貌でファンの間でもかなり人気が高い。
しかし彼の人気の本当の理由は生い立ちにあるらしい。
実はナントカという国の第4王子らしくナンヤカンヤあって日本にやってきて普通の学生をやっているという。そして本人は自分の出自が実は王族であることを知らないが、生まれが複雑なことを負い目に感じており、それがどこかアンニュイな雰囲気を醸し出しているとかなんやら…
私はそのアニメを見たことないし乙女ゲームにも全くの関心がない人間だけれど、ここまで詳しいのはオタクである彼女が原因だ。
聞いてもないのに昼休みや放課後にべらべらと推しのレン様について語ってくるので全く知らないのにある程度語れるようになってしまった。
以前チラッと見せてくれたグッズを見てみると確かに女の子が好きそうな見た目をしている。
少女漫画の当て馬っぽいね、とコメントすると先ほどのように肩を掴まれ大きく頷かれた。
実際ゲームの中でもヒロインとは絶対に結ばれない不遇のキャラらしい。
しかし課金を重ねると彼とのハッピーエンディングストーリーが見られるというレアなキャラだそうだ。
オタクいわく「公式に守られたプリンス」。
私から言わせると金に守られたナンバーワンホストみたいなもんだけど。
ともかく彼女の話すことはすべてレン様に関連することなのでこの何度目かの一生のお願いもそうだろう。
「桜薔薇学園のランダムグッズが発売されたの!コンビニで100円以上買ったら1回くじが引けるんだけど、私どーしてもレン様を引きたいの!協力して!お願い!」
「えーと私は何すればいいの?」
「いつもご飯買ってるじゃん。そのレシートでくじ引かせてほしい!」
「あーそゆことね。いいよ」
「神〜!」
泣き出さんばかりの勢いでハグしてきた。
オタクはいつも大袈裟だ。
とりあえず私たちは学校の近くのコンビニに向かった。
レジ前に大きなのぼりが立っており見たことあるようなキャラがこちら側に微笑んでいる。
「あー、チナ様かっこい〜。これはアニメ版でヒロインと結ばれるキャラなんだけど、ゲームではそんなに人気ないんだよね〜。なんで公式はこのキャラをメインにしたんだろうねえ。確かにビジュアルはいいんだけど、一番いいんだけど」
ビジュアルが一番いいなら十分な理由になりそうだけど。
明らかなツッコミを入れるほど野暮ではないので無視をした。
とりあえず友人のお願いなのでいつもより多めの夕飯を買った。
お会計で1000円を超えると、床に頭を擦り付けんばかりで感謝された。
「いざ!」
彼女は自分のレシートを店員に渡して箱に手を入れた。しかしお目当てのレン様は出なかったらしい。
「頼んだ…」
隣で手が白くなるほど祈られながら私も箱に手を入れた。適当にガサガサと取り出すこと10回。
「来たああああああぁぁぁぁぁ!!!!」
大声で抱きしめられた。
「マジでありがとう!ありがとう!」
オタクの大仰な感謝に戸惑いながらグッズを渡す。店員さんの目が痛い…。
コンビニを出ると彼女は恍惚とした表情でグッズを見つめている。
「やっぱり持つべきものは友達だよねえ。お礼に他のキャラのやつあげるよ。なんか気になるやついない?」
「えー?」
なんとなく赤色が目についたのでそれを手に取った。
「チナ様じゃん!チナ様いいよ!」
さっきボロクソに言ってたのに…。
「メインキャラだっけ?かっこいいね」
お世辞で言ったつもりだけどオタクは興奮してしまったようだ。
「この際沼っちゃおうよ!もう私のせいで片足突っ込んでるようなもんだし、もう一歩だよ!」
「…考えとくよ」
私はニヤニヤと返事をしてグッズをポケットにしまった。
8/25/2025, 12:50:03 PM