汀月透子

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〈そして、の先へ〉

 「主任、プレゼンの予行演習、見てもらえませんか」
 昼休み明け、大城が資料の束を抱えて俺の席にやってきた。入社三年目、真面目で素直なやつだ。少し頼りないが、こうして自分から声をかけてくるあたり、成長していると思う。
 初めて一人で進める大型プロジェクトに向けて、相当気合いが入っている。

 会議室のプロジェクターに資料を映し、大城が説明を始めた。
「そして、この新モデルは従来品より二〇パーセント軽量化されています。そして、コストも削減でき、そして……」
 思わず手を挙げた。
「待て、大城。『そして』が三連発だ」
大城は肩をすくめる。
「あ、つい」

 彼の資料はよくできている。話の流れも悪くない。ただ、つなぎが甘い。言葉の勢いに頼っている。
「客先では一言一言に重みが出る。『そして』で繋ぐと、どこも主語にならない」
「なるほど……」と頷く大城の額に、うっすら汗が光っていた。

「でも主任、間があると落ち着かないんですよ」
「わかるよ。けど、“間”もプレゼンの一部だ。相手に考える時間を渡すんだ」
 大城は真剣に頷いた。その目が、昔の自分と重なる。
 俺は少し意地悪く笑って言った。
「俺も学生の頃、似たようなこと言われたよ。レポートに『そして』を多用して、教授に『お前の文章はマラソンか』って怒られた」
 大城が吹き出す。
「走り続けてたんですね」
「そう。止まるのが怖かったんだと思う。
 話が途切れたら、相手が興味をなくすんじゃないかって」
 俺は気づいた点をまとめたメモを大城に渡し、肩を叩く。
「全体の流れはいいぞ、言葉のつなぎ方を工夫するんだな」
「はい、ありがとうございました」

 その日の帰り道、大城の練習映像を頭の中で再生する。
 拙いが、彼の言葉には真面目さがあった。間を怖がりながらも、一生懸命つなげようとしていた。
 新人時代の自分が重なる。沈黙を恐れ、空気を埋めるように喋っていたあの頃。
 今は黙ることも、言葉のうちだと知った。教えてくれたのは、先輩達だ。
 マニュアルでは伝えきれないことを、次の世代につないでいくのが今の俺の役目だが、彼らに伝わっているのかと不安が頭をよぎる。

 翌朝、出社するとき、思いついて付箋を一枚書いた。
《“そして”を減らすと、言葉が締まる。でも、伝えたい気持ちは減らすな》
 それを大城のデスクにそっと置いた。

 本番の午後。
 大城は少し硬い表情で顧客の前に立った。
「……この新モデルは、従来より二〇パーセント軽くなりました。」
 そして、と言いかけて、口を閉じる。一瞬の沈黙のあと、落ち着いた声で続けた。
「その分、使いやすくなりました。是非ともお試しいただけますでしょうか」
 その一言に、場の空気が変わった。
 俺は心の中で小さくガッツポーズをした。

 終わったあと、大城が照れたように笑った。
「途中で“そして”が出そうになって、止めました」
「いい判断だ。止める勇気ってのも必要だからな」
 そう言いながら、俺も笑った。
 そして──いや、その先はもう、言わなくてもいいだろう。彼自身が未来につないでいくことだ。

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「お前の文章はマラソンか」のくだりは、私が学生時代に言われた言葉です。
 文章もプレゼンも、ペース配分大事。

10/31/2025, 3:52:36 AM