ちょうどこの間、時計を手放した。
あんまりカチコチうるさくて、我慢の限界が来たのだ。
家中の時計をすべて手放したのだが、驚いたことに隣の家でも私と同じことをしていた。
「やあ、あなたもでしたか」
「いやはや、恥ずかしいところを見られてしまいましたな。実は最近、うるさく感じて…」
そんな雑談をしながら、時計の入ったゴミ袋をぽいと放り投げる。
ふう、すっきりした。
『手放した時間』
時計を手放してからどれくらい経っただろうか。
一週間、一ヶ月、一年以上?
もはや正しい時間はわからない。
私とお隣さんが時計を手放したあの日、なんと世界中の人間が同じ行動を取っていたのだ。
あの日以来、私たちの生活は一変した。
テレビはさっぱり映らず、スマートフォンにはなんの通知も届かず、ラジオは常にノイズばかり。
そればかりか、誰も彼もが時間通りに働くことを止め、日がな一日ぐうたらするようになってしまった。
当然、主要なライフラインは壊滅状態、今生きていられるのが不思議なくらいに衰退してしまった。
しかし誰もなんとかしようとしない。
なぜなら、人間は時間を手放したから。
なんとかしようと立ち上がれば、それはすなわち再び時間に追われる世界に戻ってしまう…そんなのは嫌だと言う空気が、人類全体に行き渡っている。
こんなことを考えている私も、実はとろとろと眠くなっている。
あんなに追われていた時間から解放されたというのに、私はやりたいことの一つも無かったらしい。
ああ、前はあんなにあれをやりたい、これをしたいと考えていたはずなのに。
11/23/2025, 1:30:49 PM