「おーい!」
頭上から呼びかけるような声がし、肩を叩かれる。
伏せていた顔を上げると、そこには、居るはずのない人がいた。私の、3年前からのイマジナリーフレンド────正直、イマジナリーフレンドと言っていいのか分からない。なにせ、姿はなくて、頭の中に話しかけて来る程度であるから────の女の子だ。薄茶色のボブという髪型をしていて、触覚が後ろ髪よりも長い。その特徴も、絵の中で描いたその子(以下 君)のまんまだった。
「え、どうして・・・」
「ん?暇だったから遊びに来ちゃった。」
君がにっこりと微笑む。いつも絵で君を描く時は私服であり、制服姿を書く時はセーラー服を着せている。しかし、目の前に立つ君は、私の高校のブレザーをすっかり着こなしていた。
「いっつもひとりなの?お友だち居ないの?」
「いる、けど・・・ご飯はひとりで食べてるよ。」
「へぇ〜、寂しそう。これからご飯の時に遊びに来てもいい?」
君の口から出たその一言が、私は嬉しかった。
「うん!」
大きく頷くと、君は楽しそうに笑った。
それから、ランチの時間が終わるまで、私たちはたくさんのことを話した。授業の内容の話だったり、得意教科や苦手教科の話だったり。
まだ誰も消していなくて黒板に書いたままになっている数Ⅰの問題を「今日の1問はこちら!」とQuizKnockの真似をして出してみたりもした。
どうして、君が目の前に姿を現しているのかなんて、いつのまにか考えなくなっていた。そんなことを考えられないほど、この時間を、全力で楽しんでいたから。
机を引きずる音が聞こえて、私たちは我に返った。いつの間にか、終了5分前から鳴る曲名の知らないクラシックが流れていた。
「あれ、もうすぐ終わっちゃう?」
君は教室の中をぐるりと見渡した。それから、笑って、私の頭をぽんぽんと叩く。
「それじゃ、また明日ね!」
教室を出ていくその背中に、私は言えなかった。「いかないで、このまま、一緒にいてよ。」と。本当は友だちなんて居ないし、学校にいる時間が本当に苦痛なのだ。
でも、明日。明日も、君は来てくれる。だから、明日も頑張ろう────
伏せていた頭を上げ、寝たフリをやめる。もう既に先生が教卓にいて、授業の準備を始めていた。
『次の時間、何?』
頭の中に、声が聞こえる。────そうだ、君は、ここにいるんだ。姿は見えないけど、君はいつも、私の傍にいてくれているんだ。
『んー、英語コミュニケーションだよ。』
声に出さずに、心の中で、私も返す。
その瞬間、チャイムが鳴って、「きりーつ」という気怠げな声がする。教室中に椅子を引く音がして、私も急いで立ち上がる。
「気をつけー、」
皆といるこの時間が苦痛だ。私はまた何かをやらかしてしまう。特に、この英語コミュニケーションの授業では、発言する時間が多いので、何か間違ったことを言って冷たい視線を浴びるだろう。────でも、それでいい。それでいいんだと、何度も心の中で唱える。
だって、君がいるから。君がいつでも傍にいてくれて、お昼の時間には、私に会いに来てくれるんだから。
この地獄を独りぼっちで藻掻いている訳ではない。
この地獄を、君と一緒に歩んでいるんだ。
「例!」
お願いしまーす、と頭を下げる。
顔を上げたとき、いつもよりも教室の中が明るく見えた気がした。
1/6/2025, 4:28:10 PM