「泡になって溶けたい。」
「どうした。二酸化炭素になりたいのか?」
「そうそう、シュワーッと一杯……んなわけあるかあ!」
今日は失敗した。なにをしてもだめな日だった。仕事はうまく進まず、報連相で注意され、同僚は自分の二歩三歩先を行く。そんな日だった。
目の前で茶化してくる彼もそんな同僚の1人だった。
「コーラかサイダーか、好みを聞いてやるよ。」
「じゃあコーラ……。」
「おにーさん、コークハイふたつ!」
「酒じゃねぇか……。」
少し愚痴ったのが悪かったのか、飲みに行こうという誘いに乗ったからなのか。気付いたら最寄りのチェーン居酒屋で飲むことになっていた。
「居酒屋きて飲まないでどうするんだよ、ほらカンパーイ。」
「かんぱーい……。シュワシュワだぁ……。」
泡になって溶けて、このままいなくなりたい。
労働なんか滅べばいいのに。
「ほら、愚痴言えよ。酒の席だから言えることもあるだろ?」
「優しい……怪しい……対価に1週間分の昼弁当代とか言われそう……怖い……。」
「飲みの誘い乗ったのお前だからな?わかってる?」
コークハイをジュースのように飲む彼につられ、自分のグラスも傾ける。
「わからない……泡になりたい……溶けたい……二酸化炭素の溶けた水溶液になりたい……。」
「コーラもサイダーも砂糖がかなり入ってるらしいぞ。飲め飲め。酒という名の糖類を飲み込め。」
「酒はでんぷんを糖に変えてアルコールになってるから糖類は含まれてない、これはオリゼーとセルビシエという菌が作用していて麹という」
「なんかスイッチ入ったな。」
彼が少し引いてる気がする。でも気にしない。泡になるにはこの溜まり切った煮凝りのような気分を口にしないと気が済まない。
「酒は米から作られるがコシヒカリやササニシキなどの食用に用いられる品種ではなく、主にヤマダニシキが使われる。米の水と酒の水は同じが良いと考える杜氏も多い。ヤマダニシキとサトウニシキは似てるけど全くの別物。」
「なんかWikipediaみたいなこと言い出した。おにーさん、カルーアミルクと日本酒!」
こくり、と勧められるがまま飲んだカルーアミルクはとても美味しかった。
「おにーさん、おかわり!!」
朝、起きたらなぜか同僚の彼が隣にいた。
というか、家が我が家ではなかった。
ここはどこ?なんで同じ布団で寝てるの?
しばらく考えて、何も考えたくなくなって、一つの結論に達した。
いっそ、泡になりたい。
【泡になりたい】
8/6/2025, 9:40:26 AM