蟻とキリギリスと熊とヤマネ…
もっこもこの冬用布団を押し入れから引っ張り出し、乾燥機のチューブを伸ばす。
冬支度をする生き物は、蟻とキリギリスと熊とヤマネと…あと何がいただろうか。
ともかく、冬支度をする冬眠勢の生物の手際の良さと比べたら、俺の冬支度の仕方は、なんだか間違えているような気がする。
ヒトの作った家で寒さを凌ぎ、ヒトの作った布団を暖め、ヒトの作った制度に守られる。
俺は寄生生物だ。
俺たちの種族は、もともと蟻やキリギリスや熊やヤマネやハムスターや…秋になると冬支度をする生物を選んで寄生していた。
生物が冬支度の用意をしたその蓄えを、いくらか拝借して、春になって寄生先の生物が余所者を排除する余裕が出る前の晩冬に、ありったけ蓄えて逃げ出す。
そんな生態をしているのが、俺たちの先祖だ。
ある日のある時代、どういうわけか、俺たちの先祖に、ヒトに寄生する奴が現れた。
長い間、寄生虫や汚いものを避けて暮らしてきたヒトという種族は、寄生に関して無防備だった。
寄生は成功し、ヒトに寄生する特異な俺たちは増えた。
こうして生まれた寄生生物の、その子孫が俺、というわけだ。
無防備なヒトという種族には、冬に限らず一年中寄生できた。
ヒトの脳に達し、社会に溶け込むことができれば、それこそ、その個体の寿命が訪れるまで、俺たちはぬくぬくとヒトとして過ごすことができた。
やたらめたら薬を飲むヒトの生態に適応した俺たちには薬物耐性が備わり、ヒトの中で俺たちは栄華を極めた。
考える余裕が生まれた俺たちは気づいた。
俺たちはもともとの種族からあまりにかけ離れてしまった。
それだけではない。
俺たちはヒトとして快適に過ごすために、同族の寄生先の生物をことごとく駆除した。
ルーツから遠く離れた同族殺し。
その気づきは、ヒトに寄生する俺たちの精神に影を落とすことになった。
俺たちの数は減った。
自分の生き方に絶望して、ヒトの身体ごと自ら命を断つ個体が複数現れた。
特にこういう、冬支度の時期になると、その数は増えた。
みんな考えてしまうのだろう。
自分がやっている冬支度は、間違えていると。
違和感を告げる大昔の本能と遺伝子に刻まれた罪悪感が、俺たちの冬支度を否定し、自殺に走らせる。
俺は乾燥機のスイッチを入れる。
テレビでは、生物番組をやっている。
冬眠をする生物の特集を組んだ番組だ。
俺は間違えている冬支度を進める。
きっと明日にも、いくらかの同族が死ぬだろう。
そう思いながら。
11/6/2025, 10:07:23 PM