雷鳥໒꒱·̩͙. ゚

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―好きな本―

小学生の頃。
今思い返すに、あれは私の
初恋だったのかもしれない。

私が気になった相手は、幼なじみの男の子。
運動神経が良くて、せっかちだけど、頭は切れて…
かっこよくて面白くて、いつも全力で情熱的で。
ちょっとツンデレなところもあるけれど、
根は優しいのが所々に滲み出ている。
とにかく、なんでも出来るような男の子だった。

その子と、席替えで同じ班になった。
顔には出さなかったものの、喜びのあまり
軽く飛び跳ねてしまいそうになって困った。

席替えして間もなく、“好きな本を紹介する”授業
があった。国語の授業だった。
私は本が大好きだった。いつも肌身離さず本を
持っているとか、一日に何冊もの本を読むとか、
そういうわけではないけれど、その本にしかない
ような不思議なことを、文字伝いに体験する。
その感覚が堪らなく好きだった。

勿論、紹介できる本は1冊だけ。
私はどの本を紹介しようか悩んだ。
散々迷った挙句、最近読んだ中で1番温かかった、
«十年屋»という児童書を紹介することにした。
忘れたくても忘れられない大切なものを思い出と
一緒に魔法で預かるという商売をする魔法使いの
話だ。ほっこり温かくなるような、
少し感動するような、そんな本が趣味の私には、
ぴったりな本だった。それに、魔法使いや、
異世界といったファンタジーの世界は、私の好みだ。
加えて、«十年屋»は少し人気のある本なので、興味を
唆られる人も多いだろうという計算もあった。

いよいよスピーチの時間になった。
私は、語彙を一生懸命繋いで、
«十年屋»の魅力が伝わるように、語った。
なんとか、大きな失敗もなくスピーチを終え、
質問タイムが終わると、早速、彼のスピーチが
始まった。彼が“好きな本”と称して紹介したのは
«人狼サバイバル»という児童書だった。
彼曰く、伯爵と名乗る正体不明の男の仕掛ける
命懸けの人狼ゲームに、お互いを疑い、
騙し合いながら挑んでいく中学生の男女の話。
一言で言えば、デスゲームだそうだ。
“デスゲーム”そのジャンルを知ったのは、その
彼のスピーチ。そもそも存在を知らなかったので、
勿論読んだこともなかった。

デスゲームという響きや、サバイバル、命懸けと
いうワードから、感動系の話とは全く違う本だと
いうことはわかった。ただ、«人狼サバイバル»の
良さを溢れんばかりの熱意だけで伝えようとする
彼の姿に惹かれた。彼を知りたい。その思いで、
«人狼サバイバル»を電子書籍で読んだ。
ピンと人差し指を立てた手がスイスイと動いていく。
タブレットの画面を撫でる指が止まらなかった。
気づけばもう本を読み終わっていて。どんなに
すごい本を読んでも、こんなに集中することは
なかった。ドキドキ感に囚われていた時間は、
とても充実していたと感じ、私は一瞬にして、
デスゲームの虜になっていた。
でも、驚いたことがひとつあった。
その«人狼サバイバル»の主人公、赤村ハヤトの
“ハヤト”は、彼の名前と同じなのだ。そして、
赤村ハヤトの相棒として出てくるのは、
黒宮ウサギという女の子は、
ハヤトの幼馴染だった。

彼には、«人狼サバイバル»を読んだこと、また、
その感想を伝えた。すると彼は少し驚いたような
顔をした。読んでくれるとは思っていなかったと。
嬉しそうに喋ってくれた。本を通して得た感情を
また言葉にして分かち合う。その面白さを改めて
感じた。話が落ち着いてきたとき、彼の口から
驚きの言葉が出てきた。
「俺も読んでみたよ、その«十年屋»って本
他のはあまり刺さらなかったんだけど、
«十年屋»だけ、異様に惹かれちゃってさ。
面白かった!なんか雰囲気とかも好きだし、
何より執事猫のカラシが可愛い」
自分の奨めた本を、こんな風に言ってくれるのは
すごく気分が良かった。まるで自分自身が
褒められたような気分だった。その後は、彼と
本の話で盛り上がった。
私がデスゲームに夢中になったように、彼との
時間に夢中になった。彼はこう言った。
「夏休みの読書感想文、
«十年屋»で書くって決めた」
私は思わず笑ってしまった。«十年屋»は
連作短編だから、読感には不向きなはずなのに。
でもそれも、今となってはいい思い出だった。

こうして夏が過ぎた。彼は本気だったらしく、
本当に«十年屋»の読書感想文を書き上げ、
提出したらしい。
そのまま、秋も終わり、冬も終盤になった。
そんなある日、私は知った。
はやとが県外に引っ越すらしい、と。
彼から直接聞いたわけではなかった。友達の
噂話を通じて聞いた。私はそのまま、
何も言えぬまま、何かを渡すことも出来ぬまま、
中学生になった。彼は兵庫県にいた。

私たちに連絡手段はなかった。新しい住所も
知らない。電話番号も知らない。だから、
今も連絡を取れないままだ。
毎日毎日本当に忙しい。
本を手に取る暇すら無くなった。それなのに、
私は彼のことを忘れられなかった。しかも
まだ諦めきれずにいて、目の前の恋に1歩を
踏み出せずにいる。それならいっそ、いきなり
現れた正体不明の男が開く命懸けのゲームにでも
参加してみたい。そこで彼との再会を果たせたら。
そんなことが出来なくても、彼との思い出を
全部、魔法で預かって貰いたい。潔く、思い出全て
忘れてしまえたら。

本を手に取る暇すら無くなった。というのは、
嘘だったかもしれない。だって私は、今も
«人狼サバイバル»の愛読者。新刊が出ると、
発売日に、書店まで本を買いに走っている。

この話は、魔法使いのいる世界線でも、
命懸けのゲームのある世界線でもない、
私のノンフィクションだ。

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~紹介させて頂いた本~

«十年屋»シリーズ(静山社) 廣嶋玲子 作
             佐竹美保 絵
«人狼サバイバル»シリーズ(講談社 青い鳥文庫)
             甘雪こおり 作
             himesuzu 絵

6/16/2023, 7:23:29 AM