『こぼれたアイスクリーム』
――カランカラン、と古びた引き戸が開く音。
「おばちゃん!アイスクリーム1つ!」
まだ声変わりの途中の、高く弾む声が店の奥まで届く。
棚の影から、腰の曲がった“おばちゃん”が現れる。
「あいよ〜」
小さな手が指さすのは、冷凍ケースの中で眠る棒アイス。
おばちゃんは蓋を開け、キンと冷えた空気と一緒にアイスを差し出した。
少年はポケットから小銭を出す。チャラチャラと、金属の音。
それをおばちゃんが受け取った瞬間――
ポトリ。
手から滑り落ちたアイスが、真夏のアスファルトにぶつかる。
溶けかけた白がじわじわと黒い地面に広がり、
さっきまで涼しげだったその色が、急に儚く見えた。
少年は一瞬固まって、唇を噛む。
おばちゃんは、ふっと笑った。
「…もう一本、持ってきな」
冷凍ケースの蓋がまた開き、キンとした空気が流れ出す。
蝉の声が、やけにうるさく聞こえた。
8/11/2025, 11:16:38 AM