『深海の世』。
黒く禍々しい深海でありながら、絵の中の藍はどこか海特有の爽やかさが描かれている。
どういうわけか、私はそれに強く惹き込まれた。
まるで「おいでよ」と言わんばかりに床に敷かれているそれを、私は無言で見つめていた。
「この作品、お気に召しているようですね?」
「うわっ」
私は小さく悲鳴をあげた。誰だかは知らないが、口ぶりと服装から見るにこの美術館の関係者のようだ。
「何故床に展示されていると思います?」
「知ってるんですか?」
「いえ、私は存じ上げません。"作者"にしか、それは分からないのでは」
「じゃあなんで聞いたんですか…」
「それは貴方が熱心に見つめ続けていたからです。貴方はこの作品をどう見ているのか、気になって」
「……深海だからじゃないですか?深い海だから展示の仕方は一番下、即ち床に置くようにした、とか。いや、典型的ですよね…」
「……なるほど。では、もし本当に深海へ引き摺り込まれたら、貴方はどうします?」
「え、引き摺り込まれるんですか?」
「確証はありませんね。飛び込もうとした人がいるなら話は別ですが」
「ええ……」
なんなんだこの人。
人の意見を聞きたいという興味は分かる。何故なら私もそういう好奇心は持ち合わせているからだ。
それでも『引き摺り込む」なんてことは無いだろう。明らかに "下" は見えないし、美術品なのだから。もし引き摺り込まれるなら、床に置かない方がいい。
「ですが10年程前……いえ、何でも御座いません。……悲しい事件ですから」
「そこで止めます?普通。はあ、なら私はこれで」
「申し訳ございません。…それではごゆっくり」
丁寧なお辞儀をされて私も頭を下げる。
変な人だったが、発想自体は面白かったな。
『ですが10年程前……いえ、何でも御座いません』
『悲しい事件ですから』
10年前。事件。この作者。
あの人の言った言葉が脳裏に浮かぶと同時にキーワードが頭の中をぐるぐると巡る。
作者は10年前にはもちろん生きていない。事件だって大きなものはなかったような気がする。
10年前の展覧会にも参加したが…その時か?
悲しい事件…本当にどういうことだ?何を言っているのか、私には理解不能だった。
「…あ」
子供が休憩室の方へ歩いていた。
あの先にある絵は、この展覧会で一番大きな作品。
その子供は他の絵には目も向けておらず、小さな絵を順に見ていた私の目に留まった。
そういえばさっきも見た気がする。私があの関係者に巻き込まれている間、深海の世を見ていたはずだ。
そして休憩室に入る直前、子供は目を閉じてこう言ったのだった。
「絵には魂が宿る」
#2024.8.15.「夜の海」
2012年の「Ib」っつーゲームですね。
汚水藻野もハマってます。実況系見てる。
とにかくイケメンなオネエがいます。
ちなみにこの話は『10年前』という単語やIbに「絵には魂が宿る」発言させてるのでリメイク版時空。
Ibちゃんにはリメイク前の記憶があるという設定です。リメイク版のワカメ様と最期の絵は別次元の話で、もちろんIbのことは覚えてないです初対面です。
リメイク前のエンドはワカメ様とIbだけが出られたエンド。ワカメ様が思い出してIbが「覚えてない」を選択したときにワカメ様からもらったキャンディが手に握られたイラストで終わるやつです。
あれ、「思い出した」を選択しちゃうと最期の絵の色と同じ飴が見られないんですよ…。
つまりリメイク版の今は「今度は最期の絵とも一緒に出たい」と意気込んでいるIbです。
多分このIbはサクサク進みすぎてワカメ様が逆にビビると思う。死と隣り合わせだって気づいて?
8/16/2024, 8:55:39 AM