レコード
蓄音機から音がする。ぐるぐる回る、レコードの音。ところどころ途切れる中で、なんとか意味が聞き取れる。
……ザ……ザザザ……ザあな……ザザザザ……聞こえ……ザ………
何か言っているようだ。どうも聞き取れない。
ザザザザ………き……ますか……ザザ……です…ザ……は、いま……ます……
「やっぱわかんねぇな」
斎藤が呟く。
中古レコードやでタイトルもないレコードを買った。白いだけで何も書いていないジャケット。試しに蓄音機にかけたんだけど、途切れ途切れで何を言ってるのか葉分からない。
「……斎藤、やっぱこれ、買うのやめたほうがよかったんじゃ……」
「何言ってんの!面白いじゃんこれ!」
目を輝かして応えるの。
ああ……わかってたさ、こういうやつだよ……
…ザ……というわけ……私はその…ザザ……ザ……と疑っている……ザ……
「……なんか今、『疑っ』とか言わなかった?」
……ザザ……ザザ……と……私は思うんですよね……ザ……でもお母さんは………ザ……ザザ……ザザ……どう考えても、オジサンがおかしいって……だ……ザ…んなこと言うわけないんですよ、………ザ…だってお父さんは、お父さんがそんなこと……だなんて……
「……なあ、気になんねぇ?」
気になるも何も、なにも聞こえないじゃないか。
「そんなことないよ、ほらこの断片!『お母さん』とか『お父さん』とか『オジサン』とか、これなんかあったんたまよ、親族関係とか?」
雑音ばかりで聞き取れない。何を分かったというんだ
「いや絶対なんかあったんだよ、家族とか親戚とかの間で、トラブルとか」
レコードから途切れ途切れに聞こえるのは、子供、高校生くらいかな?そんな女の子の声。確かに自分の親族の話をレコードに残しているなんておかしい。
翌日、レコードを買った中古レコード屋に行った。対応したボォっとした痩せた店員は。買い取り相手は教えられない、プライバシーの問題とかで、断られてしまった。
「いやこのレコード、大体いつのだかもわかんないじゃん」
斎藤に言うと
「いや、わかる」
とやけに自信満々だ。
「なんでわかるのさ」
「この声……姉ちゃんだ」
驚いた。あんな途切れ途切れの音で。
「わかるさ……姉ちゃん、中学の時に行方不明になったんだ」
ああ……ならば
「そうだよ、あのレコード、姉ちゃんが録音したんだ。自分の声をレコード針で」
ならば、あれは
「そう。あれは姉ちゃんの最後の言葉はだ。何かを伝えようとしている。それを知らなくては」
斎藤、お前……
「……さっきから『斎藤、斎藤』て。お前も斎藤だろ?」
斎藤……斎藤、だったっけ?
「そうだよ、斎藤。斎藤真奈美。俺の姉ちゃんじゃないか」
姉ちゃん……弟……松樹……?
「そえだよ、松樹だよ、ようやく思い出した?姉ちゃん」
ああ……松樹……弟……思い出した。オジサンが……お母さんのお兄ちゃん……が、突然刃物を持って私たちの家に来たんだ、なにかよくわからないことを叫んで。私は……あのとき……
「姉ちゃん、姉ちゃんは俺を庇って!ねえちゃがいなけれぱ俺はいなかった!!」
……そうだった。伯父さんがやってきて……
「なんとかそのことを知らせようと、お姉ちゃん、このレコードに声をいれてたじゃないか、忘れたの?」
ああ……そうだった……レコードの針に声を乗せたんだった。なんとかこのことを誰かに……
「伯父さんは、今朝刑が執行されたよ、姉ちゃんを殺した奴は死んだんだ。だからもう、姉ちゃんも」
そうか……もうここに残ってる意味はなくなったんだ……これでやっと、このまま……
「だからこのレコード、分からないけど、でももういいんだ、大丈夫だよ、俺も」
そうか……もう大丈夫なんだね……松樹……。
「ありがとう、姉ちゃん。俺はもう大丈夫だから。お盆にはまた来いよ」
10/24/2025, 2:32:47 PM