氷室凛

Open App

「ナニしてンだ」

 天窓を開けた先、屋根の上の先客はゆっくりと振り返った。
 濃い金色の髪が月明かりに煌めき、青い瞳が深く光る。

「うん? きみは?」
「……別に。テメェが見えたら上がってきただけだ」
「あはは、なんだそれ。野郎に好かれても嬉しくないなぁ」

 また適当なことを抜かす彼を無視して隣に座ってみる。なにか異常事態でもあったかと思ったが、その気配はまったくなさそうだ。
 薄汚い路地。吹き溜まりに積もるゴミ。そんな場所でも住んでいる人々はいて、家の隙間から細い灯りが漏れる。ごちゃごちゃした貧民街の風景。
 その遥か先には王都の中心部が明るく見える。夜になっても消えることのない魔法の光。いつもの夜景。

 下を睨むイルを見てアルコルは少しだけ息を吐いた。肘を後ろについてもたれるように天を向く。

「月を見てた」
「月?」
「そう、月。……こっちは夜も明るいからかな。前いた国より少しだけ月が暗い気がする」

 イルも同じように上を見た。
 言われてみれば今夜は満月だ。魔法を持ってしても未だ届かぬ遠い天体は、しかしその距離など感じさせぬように眩く輝いていた。

「……ンなの、見て楽しいか?」
「どうだろうね。だけど楽しいから見るんじゃなくて、楽しむために見てたのかもしれない。前いた国ではさ、このくらいの季節の満月が近くなると、いたるところで団子を売ってたよ」
「団子? なンで」
「月見団子っていうんだってさぁ。白く丸い満月を見ながら、同じように白く丸い団子を食べる。ははっ、おもしろいだろ。……おれも師父の団子作りを手伝わされたな。あの爺さん、結局団子はロクに食べずに酒ばっか飲んでたけど。あーあ、懐かしい」

 真っ青な瞳が三日月型に細められる。
 その横顔を見て──イルは白でも黒でもない、己の灰色の髪を揺らした。

「その団子、ナニ味だ」
「え? さあ。白くて丸かった」
「見た目の情報しかねェじゃねえか。甘いかしょっぱいかくらいあるだろ」
「覚えてないよ、そんなの。おれはもともと食に興味ないし」
「あぁ、もう。仕方ねェ。白くて丸けりゃなンでもいいか……」

 よっこらせと天窓から戻るイルをアルコルは目を丸くして見つめた。

「作るのかい? いまから?」
「別にいいだろ。食いモンの話してたら腹が減った」

 そう言って消えたイルはすぐにひょこっと顔だけ覗かせた。

「オマエも食いたいなら手伝えよ」
「……あはっ。いいね!」





出演:「ライラプス王国記」より イル、アルコル
2024.918.NO.55.「夜景」
お月見気分が抜けない

9/18/2024, 12:47:44 PM