作者

Open App

『幸せに』

「どうか幸せになってください」

私の結婚式では、みんなが私にそう言ってくれた。

祝福の言葉を聞く度に、脳が沸騰しそうな程に熱くなり、震える拳を握りしめる力が、害意を押し殺すために、強くなる。

黙れ。
遺伝子と環境に恵まれただけの無自覚な加害者共が。

偉そうに、上から目線で人の幸福を願うのも大概にしろ。

「幸せになってください」

それはお前らが、まず、最低限の幸福度を抱いているからこそ、口をついて出た言葉だ。

例えば他人が結婚した時に、私がまず最初に捧げるのは「さっさと不倫して裁判沙汰になってしまえばいい」という不幸の祈祷だけである。

他人の幸福を願うという行為ほど、無自覚で、無意識な、善意の皮を被った序列の認識行為は他にないからだ。

結婚をして家庭を持つ人が笑顔で放つ「幸せになってください」と、婚活に失敗し続けて恋愛を拗らせた人が絞り出す「幸せになってください」は同じ意味では無い。

かたや自分は幸せになった側としての優越の言葉であり、かたや嫉妬と苦痛を理性でカモフラージュしただけの自虐の言葉。

私は後者が好きだ。
そして優越としての祝福を放つ人間が、たまらなく嫌いだ。

自分の加害性に気付きながら、倫理と理性で抑えた言葉では無い。

言葉が持つ優越性に気付かないままに、純粋な善意と誤認して、他者の幸せを願う人間が、たまらなく大嫌いだ。

そんな奴らには、他人の幸せなど、二度と願わないで頂きたいものだ。



4/1/2026, 11:18:48 AM