マーマレード

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「ねぇ、てをつないでかえろうよ。」
幼い女の子は屈託のないにこやかとした顔でこちらに手を向けてくる。
「そうだね、なんか、久しぶりだね。」
そういう僕は小さくなった手足と今よりも高い声で無意識にそう言った。どうやら僕は小さい頃の夢を見ているらしい。
「きょうは、ごめんね。」
「いいよ、大丈夫。」
昔の自分は異性に対してこんなにもスムーズに大人ぶったことをいえていたのかと思うと、不思議と自分が自分じゃないような感覚になる。一体何に対してのゴメンだったのか、何がごめんねなのか、以前の記憶が全くと言っていいほど思い出すことは出来なかった。ただ、この子の申し訳なさそうな可哀想な顔を見るにこの子にとってとても大きな事だったんだろう。
「ねえ、こうえん、いこうよ」
「いいけど、暗くなるよ。」
いつの間にか別の話が始まっていた。小さい時、いや、昔に限ったことでは無いが、話題が切り替わる速度はいつだって女の子には勝てない。子供の頃は門限は暗くなる前には帰るという比較的優しいものだった。
「ねえ、そつぎょうしたらいなくなっちゃうってほんと?」
「、、、、うん。」
懐古に浸っていると時間の進みは早く感じる。そう、僕は幼稚園を卒業して親の都合で隣の県に行くことになった。小さい頃は隣の県というのはまるで他の国のような距離感とアウェイさがあった。
「またあえるかな」
「会えるよ、いつか」
綺麗なオレンジ色に照らされた女の子はまるでドラマのワンシーンのように子供ながら大人っぽくしかし、子どものあどけなさを残した顔で首を傾げ、こちらの様子を伺っている。
「おもいでつくろう。おもいで。たくさん。」
そうゆう彼女はドラマの影響なのか少しおませさんなのか顔を近ずけてくる。
「おかあさんがいってたんだ。おもいでがあったらいつかあったときにあいてのことをおもいだせる、って。どこかであえるかもしれない、うんめいって、いうのがあるって。」
「ねえ、わすれないで。わたしのこと。きみを好きってこと」
彼女がそう言うと、他の景色は見えなくなり、影が顔を覆っていく。唇と唇が近づいていく、つまり、マウストゥーマウス、、、


「、、ゆめ、か。」
意識のある夢を、現実味のある夢、それも記憶に元ずくものを見た時の気分というのはあまりいいものでは無い。
「あの子、だれだっけ。、、やばい、完全に覚えてない」
母に聞いてみようとも思ったが、今の僕では気づきもしないのかもしれない。小学校で僕は虐められた。理由は、覚えていたくはないが、恐らく離婚だろう。引っ越してすぐ母と父は離婚した。僕は言われるがままに母について行った。離婚の原因は分からない。聞こうか聞くまいか悩んでいるうちに時間が経ちすぎてしまったのだ。
「あの子も高校生か、キラキラした日々を送ってるんだろうな、きっと。」
諦めたような、自信の無い思想と声の原因は自己肯定感のなさから来るものだろう。母は離婚してから気丈に振舞っていた。だから自分も、何とか学校に行き、何とか進学高に通った。何とかできている日々が続いて言った。それでも、綻びというのは静かにやってくるものであるのはいつだって、変わらない。
母に新しい男ができた。自分が高校にはいり、ある程度落ち着いたからだろう。相手の男は眼鏡の真面目そうでスーツが似合いそうな母と同い年位の見た目だ。母がパートに行っているスーパーであったそうだ。事細かに馴れ初めを話されたが正直、あまり興味がなく母には申し訳ないが覚えていない。

高校に入っても友達は少ない。いや、ともだちはいたのかもしれない。少なくとも僕はそれを友達とは形容出来なかった。部活は中学から吹奏楽をしている。楽器はトロンボーン。トロンボーンを吹く時だけは不思議と自分を出すことが出来た。合奏で音と一体化している時間は何にも変えることは出来ない。友達は少ないがともだちはいる。昔から初対面の相手や、表面だけの付き合いは、上手かった。だからともだちはいる。元々吹奏楽で運動部に入ったことは無いから分からないが、運動部より他の人と話す機会や、知らない人と関わる機会がおおい。だから、ともだちは普通の人よりは多いかもしれない。もしかしたら、知り合いくらいかもしれないが。
僕は居場所というのを求めているような気がする。あるはずなのに、ないように感じる。本当に身をおける場所を探している。

次の休みの日ふと、公園に出かけた。隣町のあの夢で見た公園。そう、隣の県と言っても距離的には隣の街で電車で1時間ほどで行ける距離だ。母は心配していたが携帯は持たせてもらっているし、最悪車もある。何よりここ最近事件もなく平和な日々が続いているので、それほど話すことなく家を出た。
「懐かしいな、でも、知らないものも増えてる」
そんな独り言が出てくるほど、時間の流れというものは心に大きな影響を与える。
「遊具もふえて、知らないところみたいだな。」
今は、昼の時間。でも、お腹は空いていなかった。スマホを見る気にもならなかったのでぼーっと近くで遊んでいるこどもとそれを脇目に井戸端会議をしている大人を見つめすぎないように日陰でそれを見ていた。いつの間にか寝ていたようだ。周りから雨の匂いがしてくる。公園に屋根があったのでそのベンチに座った。次第に雨粒の軍勢は勢いよくなり、土砂降りと言っても過言では無いほど雫がアスファルトを叩きつけ出した。雨が止むまでここにいようと思っていると
「きゃー!ぬれるぬれる!!」
そう言いながら女子高生ほどのずぶ濡れの女の子が屋根の中にやってきた。
「こんにちは。こんなに降るなんて、災難ですね。」
「こ、こんにちは。そう、ですね。」
いきなり声をかけたからか、声をかけられるとは思ってもいなかったのか、びっくりした様子で、それでもしっかりと答えてくれた。
「あの、、」
女子高生がふと、声をかけてきた。
「どこかであったことあります、かね。すみません、変な事聞いちゃって。」
不思議な人だと思った。初対面の人にそれも、異性の人にそれを聞くのはなかなかできることでは無い。
「そうですかね。どこかであったかもしれないですね。」
いつも通り、表面だけの言葉をかえした。
「」
彼女はその返答が気に入らないのか、そんな浅いことが帰ってくると思ってなかったのか黙ってしまった。
「この前、ここにいる夢を見たんですよ。自分が小さかった頃、ここで同じ歳くらいの女の子と思い出って言いながらあの滑り台の上でキスした夢を。忘れてたんですけど、思い出したらここにきたくなっちゃって。なんか変ですよね。」
「そんなことないと思いますよ。」
「え、?」
そういう彼女は何かを確信したような、でも何かを探るような声を、どこかで聞いたことがある声でそう言った。その顔もどこかで見たことがある気がする。そう、まるで夢の中の女の子と重なるような。
「いま、おいくつですか?」
「16です。ことしで」
「そうなんですか、私も今年で16なんですよ。」
何かを確かめ合うように情報を共有していく。
「もしかして、、幼稚園卒業と同時にほかの県に行きました?」
「ええ、はい。」
「夢を見たのっていつですか?」
「えっと、、たしか水曜の夜に見たので木曜?」
「実は私も同じ日に同じ夢を見たんです。まぁ、私は覚えてたんですけど。」
「え!?えっと、、ごめんなさい?」
「この公園まで手を繋いできたのを覚えてる?」
「うん。」
「じゃあ、私がおかあさんに教えられたことは?」
「運命があって、いつか会うことが出来る、だよね?」
「そう、そう。うんめいってあったんだね。やっと、やっと会えた。」
「ごめん。忘れてて。大切な記憶なのに。なんでおぼえてなかったんだろう。でも、良かった。今日ここに来て。雨が降って。たまたま、夢を見て。偶然会えて、良かった。」
「ねぇ、手を繋いで帰ろうよ。」
「どこに?」
「私の家、ママもまだ君のこと覚えてるからさ。ね?行こ」

3/20/2025, 4:31:44 PM