霧雨

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【恋物語】
ラギーさんと出会って、色々な話をするに連れ、だんだん彼女と親しくなっていきました。
その中で、彼女が話してくれた、ある恋の話をお話しましょう。

まだ黒い世界に行けなかったある日、私はラギーさんとお話をしていました。
いつもは「仕事」が終わると、直ぐに帰ってしまうラギーさんでしたが、たまに残って、私とお話をしてくれるのです。
「今日はちょっと話でもしてこーかなぁっ」
ラギーさんはそう言うと、私の前に腰をおろします。
私たちは向かい合う形で白い床に座っていました。
「今日はちょっと残っていくんだね」
「うん、ちょっとのんびりできる日だからねー。ってか、いつもこんなとこに居なくちゃならないなんて、つまんないでしょ?誰も居ないんだから、せめてあたしが話し相手になってやんないとね」
歯に衣着せぬ物言いに苦笑しつつ、「気遣ってくれてんだね、ありがとう」と、彼女の真っ直ぐな瞳を見つめます。
「あー、とは言ったものの、何にも話題思いつかないなぁ……」
「じゃあ、恋バナしようよ」
「え?恋バナ?君、恋してんの?」
「してねーわ」
「何だよそれ」
こんな軽いやり取りができることが嬉しくて、私は笑っていました。
ラギーさんの方も、口角が上がっていたので、少し安心しました。
「だからさ、私は何にもないから、ラギーさんの恋バナ聞かしてよ」
「はあ!?そんなのフェアじゃないじゃん!」
「いいからいいから」
「何それぇ……まあいいけど、君が望むような、楽しい恋愛じゃないよ?」
「いいよ、全然」
ラギーさんは、どこか腑に落ちない様子で話し始めました。

あたしさ、人を好きになったことないんだ。
でも、昔、ずっと愛するって決めた存在はいるんだ。
その存在ってのは、ヤナカっていう喋る木なんだ。喋る木なんて言われても混乱するよね。
それに、人以外のものを、人のように愛するなんて、おかしなことだと思う。でも、私はヤナカ以外の存在を、これほどまでに愛したことはない。
ヤナカは、一見すると普通の木なんだ。静かに人間たちの暮らしを見守っている。
ヤナカが死んで、初めて知ったんだけど、ヤナカが口を利くのは、ヤナカが話したいと思った人だけなんだってさ。
ヤナカも人と同じように、意思を持ってるってことなんだよね。
で、あたしがヤナカと出会ったのは、12歳を迎える年だった。
あたしには家族がいなかった。6歳の頃に、知らない人が来て、その人の家に住むことになった。学校でも、友達なんか出来なかったし、作りたいとも思っていなかった。
でも、「家」に帰るまでの道に、神社があって、その神社の森で一人でいるときが一番楽しかった。
ある日の夕方、あたしはその森で木に登って遊んでたんだ。けど、足を踏み外しちゃって。落っこちたんだ。
幸い大きい怪我はなく、かすり傷程度だった。
痛いとか、そう言うのよりも、また怪我の言い訳考えないととか、そう言う、面倒くささの方が勝って、ため息吐いたんだ。
そしたら、
「おい、大丈夫かい?」
って、突然声がしたんだ。
いきなりのことでビックリして、キョロキョロしてたんだけど、
「ああ、私なら後ろだよ、後ろ」
と、また声がして、振り返ると、そこにはデッカイ気があったのよ。
木が喋る訳ないと思っていたけど、声はその木からするみたいで、
「少し擦りむいたようだね」
何て言うわけ。
木なのに喋れるのかって聞いたら、
「私はヤナカと言って、喋れる木何だよ」
と教えてくれた。
あたしは、喋れる木が珍しくて、その日は結構長い間ヤナカと喋っていたんだ。
その日から、あたしはヤナカの所へ話しに行くようになった。
ヤナカはあたしよりもうんと長生きで、色々と生活の知恵を教えてくれた。
辛い時とか、寂しい時は、あたしの話を聞いてくれた。
もしかしたら、あたしがヤナカに抱いていたものっていうのは、ただの恩情なのかもしれない。
それでも、日に日に、ヤナカの存在は、あたしの中で肥大化していった。
「ヤナカがもし人間だったら、あたし、ヤナカと付き合いたいなっ」
ある時、私が言うと、ヤナカは、
「気持ちは嬉しいけど、私みたいなおじいちゃんなんかより、もっといい人はいっぱいいると思うよ。」
と、苦笑いして言った。あたしは、ヤナカの濁すような返事が気に食わなくて、「本当にそう思ってんだからね〜」と、頬を膨らませた。
すると、ヤナカは何かモゴモゴして、
「ありがとう……その、私もそうだったら嬉しいよ、なんて……す、すまない!ただの老いぼれの戯言だと忘れてくれ!」
とか言って。表情ないのに、こんなわかりやすい人いるんだって、何だか愛おしかった。
「ふふっ、ヤナカもあたしと同じ気持ちなんだぁ……嬉しいなあ」
「うっ、恥ずかしいな……なあ、ラギーちゃん、もう別の話をしよう」
「へへっ、やーですぅ」
こんなくだらないやり取りさえ、あたしは大好きだった。
でも次の日、朝のニュースであの神社の森が放火にあったって知った。
あたしはリュックも背負わずに、家から飛び出した。
神社には警察がいて、森の入口は、キープアウトのテープが巡らされていた。
あたしは裏道を使って、ヤナカの元へ走った。
黒焦げの木たちを見る度に、ヤナカももしかしたらって、気が気じゃなかった。
いつものところに来て───
そこにはヤナカが立っていた。ほとんど焦げて、今にも倒れそうな状態で。
「ヤナカああああああっ!!」
あたしはヤナカに駆け寄って、黒く焦げた皮膚に手を当てて叫んだ。
「ヤナカっ!ヤナカっ!!ねえ聞こえる?!ヤナカあ!」
視界がぼんやりとしている。涙だ。
次々に溢れてくる涙がうざったくて、あたしは乱暴に目を擦った。
すると、
「あ……ラギー、ちゃん……?な、んで、ここ、に……」
「!!ヤナカっ!」
「も、しかして、心配し、て……?」
「ヤナカ……!どうしてっ…!」
言葉すら上手く出なかった。ヤナカはふっと笑った。あの優しい声で。
「ごめん……ラギーちゃん、わたしは、もう……」
「いやだ!!そんなの、許さない……!」
そうは言ったものの、あたしも彼も、もう分かっていた。
「なあ、ラギーちゃん、最期に、わたしを、抱きしめてくれないか……」
でも、そんなことしたら、倒れてしまうんじゃないか。
そんなあたしの不安を分かってか、「大丈夫だよ」と、あたしを呼んだ。
あたしは、ヤナカを抱きしめた。ヤナカはこう言った。
「ラギーちゃん、わたしは、君のことが好きだ……こんなことを言うと、困らせてしまうかもしれないけど……もし、わたしが生まれ変わって、ラギーちゃんの前に現れたなら、どうか、わたしと連れ立ってくれないか……?はは…わたしは、何をいっているんだろうね……でも、君のことは、誰にも譲りたくない。この気持ちだけは…どうか、きみに、とどいてほしい」
あたしは、ヤナカをすがるように抱きしめた。
「あたりまえだよ!あたしだって、ヤナカがいい。ヤナカしかありえないっ……!」
そしたら、ヤナカは満足気に笑った。
「わたしは、しあわせものだ、な……」
それから、喋らなくなった。
あたしはずっと、ヤナカを抱きしめていた。
しばらしくて、あたしは腕を解いて、ヤナカを見つめた。
「ずっと、愛してる」
ヤナカの、まだ焼けていない皮膚に、あたしはキスをした。

5/19/2024, 3:10:40 AM