気づいたら真っ白な世界に居た。
小さな子供と手を繋いで。
僕の手を引いて小さな子供は歩き出す。
まるでここに何回も来ているような
道案内の人のような。
どこに向かうのか分からないのに
不思議と気分は落ち着いていた。
子供は僕が知っているような知らないような曲の
鼻歌を歌っていた。
僕と子供は言葉を交わさなかった。
それが心地よくて正解だって思った。
歩いていくうちに遠くから聞こえる音に気がついた。
泣き声から始まって笑い声、怒り声と
聞こえてくる音は小さなはずなのに
強いエコーがかかっているようで僕の頭に響いた。
なんだか胸が苦しくなって涙がこみ上げてきて
僕は立ち止まった。
でもそれを子供は許してくれなかった。
「いくよ」と言うように手を引っ張る子供は
さっきよりも強く手を握ってくれていた。
「大丈夫」とでも言うように。
また少し進んでいくと扉に着いた。
扉を開けると今までと変わらない部屋があったが
そこには雨も降っていた。
また子供が先導して歩く。
しとしと降る雨は僕たちを避けているようで
濡れることは無かった。
少し歩くと子供は僕の手を離し走り出した。
ふと前を向くと白いワンピースを着た人が居た。
飛びつく子供を抱きとめる姿に
僕は昔の母を思い重ねた。
その瞬間頭に流れる思い出
「僕がパパの代わりにママの王子様になるよ!!」
「ふふっ、嬉しい。
でもいいのよ貴方は本当に好きな人と結ばれなさい。」
「え〜ママのこと好きなのに?」
「じゃあママよりももっと好きになれた人が現れるまでママの王子様になってくれる?」
「うん!!僕が王子様だよ!!」
懐かしい元気な母と僕の思い出。
最近では体調を崩しがちの母の元気な時の記憶。
最近ではもう長くないかもしれないと言われたのが
僕は悲しくて
母はそんなの分かっていたみたいな顔してて
だから僕の恋人を紹介したんだ。
喜んでくれ笑顔になってくれって思って。
この子供は僕で女の人は僕の母だ。
子供は母に手を振って僕をまた連れて歩く。
また扉を開けた。
今度は僕の背中を押して
子供は僕を真っ直ぐに見て扉を閉めた。
優しくてみんなを好きって顔してたなんて思いながら
ひとり部屋を歩く。
ここも雨が降っていた。
今度は僕も濡れた。
不思議と雨は冷たくなくて
柔らかい雨の中をずっと歩く。
また母に会えたら
沢山の「ありがとう」を伝えないと
─────『柔らかい雨』
11/6/2024, 11:20:17 PM