うどん巫女

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私の当たり前(2023.7.9)

「おはよーなのだ!!起きるのだ!リーリエ!」
爽やかとはとても言い難い、騒がしいモーニングコールに、眠い目をこすりながら起き上がる。
「……あー…おはよう、タマキ」
「もっと元気よく挨拶するのだ!挨拶は大事なのだ!」
相変わらず朝からうるさいな、という抗議の意味を込めて、タマキの額を軽く小突く。「うにゃっ?!」という謎の鳴き声をあげてのけぞるタマキを尻目に、身支度を始める。
「うぅ〜、暴力はよくないのだ、暴力は!」
「はいはい、ごめんなさいね」
「絶対思ってないだろ!」

今更ではあるが、私の名前はリーリエ。そして、先ほどからうるさいこの少女が、同じアパートの隣人のタマキだ。多分頭を振ったらカラカラ音が鳴るだろうというぐらい、アホの子…もとい、頭が残念な子だ。
「おい!なんか失礼なこと考えてないか?!」
野生の勘が鋭いという特徴も付け足しておこう。不機嫌そうなタマキのご機嫌を取るために、私の朝食のトーストを少し分けてやる。
「む〜、まったく、毎朝起こしに来てやってる私への感謝が足りないぞ…」
言葉ではそう言いながらも、嬉しそうにトーストにかぶりつくタマキ。
「あー、ありがとうね、いつも助かってますよタマキさん」
「どことなく棒読みな気もするが、まぁ許してやろう!ところで、今日はどこに行くんだ?」
私はんー、としばらく考えて、「3丁目のスーパーにしようかな」と答えた。
「了解だ!支度してくるぞ!」
そういうや否や、タマキは自室へ走り去っていった。

しばらくして、二人でアパートの階段を降りる。外はもう盛夏になりかけていて、どこかで蝉が鳴いているのが聞こえた。辺りの通りには人影はなく、暑いはずなのにどこか寒々しさすらある。
「最近暑すぎるぞ〜、誰かが暖房を消し忘れたままなのか〜?」
「15年も日本で暮らしておきながら、四季というものも知らないのかこのバカは…」
「バカって言った方がバカなんだぞ!!あと私はバカじゃない!!」
「あーはいはい」
タマキとくだらない会話を交わしているうちに、目的地のスーパーに着いた。駐車場には何台かの車が停まっているが、やはり人影はない。
「それじゃ、今日のお仕事開始なのだ!殲滅なのだ〜!」
タマキがそう叫びながら店内へ走っていく。
「あんまり物騒なこと大声で言うんじゃない…」
苦笑する私だが、否定はしない。今日の仕事、日々の日課とも言えるそれは、殲滅といっても過言ではないからだ。
タマキに続いて入った店内には、ゆっくりと蠢く人影があった。いや、今となっては人とも呼べない、動く死体、所謂ゾンビだ。普段は虚ろな瞳でそこらへんを歩き回っているが、私やタマキのように自発的に動く生き物を見ると、突然襲いかかってくる。ゾンビものにありがちな設定通り、噛まれたら一発アウトだ。とはいえ、そこまで強いわけでもなく、思い切り頭を強打してやれば、しばらくの間は襲ってこない。その間に縄などで縛ってやるのだ。
襲ってくるゾンビを軽くいなしながら、タマキの後を追うと、奥の方で楽しそうにゾンビを蹴散らしている様子が見えた。あの様子なら、手助けも要らなさそうだ。
私とタマキで店内のゾンビをあらかた退けて、やっと一息つく。まだ仕事は終わっていない。店内に残っている食料品や日用品から、使えそうなものを分けて持って帰るのだ。広い店内なので、二人で分担して見て回る。
「リーリエー!見てくれ、カップ麺がいっぱいあったぞー!」
「おー、それはよかった…」
後ろからタマキの声がしたので振り返ると、遠くの方で嬉しそうに手を振る彼女が見える。だが、問題は彼女のすぐ横の棚が倒れかかっていることだ。
「タマキ!危ない!!」
「え?」
ドガッシャアアアン
間抜けな声を一つ残して、棚の下敷きになるタマキ。私は少しの間呆然としていたが、ハッと我に返ってタマキの元へ走り寄る。
「タマキ…」
倒れた棚には商品が詰まった段ボールがいくつも積まれており、とても重そうだった。普通の人間なら、これの下敷きになれば無事では済まないだろう。
苦労しながらなんとか棚をどけて、タマキの安否を確認する。
「あー…やっぱりだめだったか」
ちぎれた配線に、剥がれた装甲。「タマキ」という名をつけられた自立思考型アンドロイドは、完全に機能を停止していた。
「また修理用の部品探しに行かなきゃなぁ、2丁目のホームセンターにならあるかも」
そう呟きながら、私は意識を失った相棒を背に担ぎ、住み慣れたアパートへ歩みを進める。行きと違ってひどく静かな家路を少し寂しく思いながら。

「普通」とはちょっと違うかもしれないが、これが私の「当たり前」で「日常」だ。

7/9/2023, 11:48:17 AM