1月にしては珍しく暖かいと感じられる今日、日差しに誘われるようにサンダルをつっかけてベランダへと出る。
時折吹く風に冬特有の冷たさは含まれるものの、降り注ぐ日の温かさのお陰で寒さを感じることは無かった。
築数十年になるボロアパートの手すりは雨風に晒されてペンキだけがあちこちで薄く捲れ上がってボロボロになっている。だが前の住人もその前の住人もこうして眼前の景色を眺めていたのだろう。一部分だけ薄皮のようなペンキが剥がれ落ちていて、そこへ体重をかけて凭れかかると鉄のつるりとした感触とひやりとした温度がスウェット越しに伝わってきた。
「そこでなにやってるの」
どれだけそうしていたのか、不意に下からかけられた声に視線を落とすと今日は会う予定のなかった想い人がそこにいた。
「急にくるとか珍しいじゃん」
はっきりと問いかけの返事をしない自分の声に喜色が混じっているのがよくわかる。そんな俺の声色に、想い人は少しバツが悪そうな、少し不貞腐れたような顔をする。
「天気良くて散歩出たらたまたま着いただけ」
「ふーん、たまたま…ねぇ」
揶揄したつもりでは無いがそう取られたのか、さっきよりもその表情と「悪い?」の声がより一層不機嫌さを増す。
……まぁ、それも本当に怒っているわけじゃなくて照れ隠しなのは知っているんだけど。
たまたまにしては手土産に近所の和菓子屋の袋を手にしているし、なにより付き合いの長さでなんとなく、微妙な表情の違いとか素直に会いに来たとなかなか言えないその性格をわかっている。
「寄ってくだろ?なんか入れてやるから上がってこいよ」
小さく聞こえる「ん、」の返事を聞くと部屋へ入り、キッチンでやかんに火をかけたところで、軋んだ戸の音と遠慮がちなお邪魔しますの声と共に響く。
今日の冬晴れのような穏やかな時間の始まりを期待して、寒さに顔をほんのりと赤く染めた人を迎え入れた。
1/6/2024, 6:32:29 AM