クジラは空が好きだった。
息継ぎがてら見上げる空は、海よりも優しい青色をしていて、流氷よりも柔らかい白を浮かべている。あの中を泳ぐことができたのならどれだけ心地良いだろうかといつも思う。
きっと夏の海ほどに暖かいのだろう。水圧代わりの風は気持ち良さそうだ。そして何より、どこまでも空の青は続いている。陸地がないのだ。浅瀬もない。座礁の心配がない上天敵もいない。
ふふ、とクジラは笑った。そうしてもう一度空を見てみようとして、海面に顔を出してふしゃあと潮を吐いた。
すると、潮が見る間にいくつかの風船へと形を変えた。まるでクジラの背から生えているかのように、たくさんの風船がふわりとクジラを釣り上げた。
クジラは大きく尾を海面に叩きつけてみた。
――浮いた。
クジラはどんどんと高く上がっていく。やがてその体が白く、ふわふわになっていく。
「くじら雲だ!」
クジラは笑った。ふしゃあと吹いた潮は小さな魚へと姿を変え、クジラの隣で群れを成した。
くじら雲はゆったりと空を泳ぐ。どこまでもどこまでも、泳いでいく。
空はどこまでも青かった。
10/24/2023, 10:08:30 AM