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“雨に佇む”



 あれ、と教室の窓の外を二度見する。雨と湿気で滲む窓の外にやけに目立つ人影が見えた気がして、幽霊かと見返した先には頭の先からつま先までしっかり存在感のある生きた人間が一人ぽつんと佇んでいた。

 黒いブレザーが基本のうちの制服とは違う、グレーのブレザーは最寄り駅が同じ私立校の制服だった。最寄りの駅こそ同じだが、駅を出れば反対方向になるのにこんな天気のなかわざわざどうしたのだろう。呆然と窓の外を眺める俺に興味が湧いたのかクラスメイトの何人かもどうしたどうしたと窓の外へ目を向ける。

 「うわ、誰かの彼女かよ」
 「学校で待ち合わせるとか見せつけてんのかよ」

 彼女の姿を目にした途端ざわつくクラスメイトの言葉に、なるほどと思う。なるほど、彼女か。なんでこんな雨の中と思ったけれどそういうことか。
 残念ながら16年の生きていた中で自分自身はもちろん近しい友達に恋人ができたこともなかったが、そういうこともあるのかと納得する。
 やっとそこまで思考がたどり着いた俺を置いて、クラスメイトたちは誰の彼女なのか彼女の容姿がどうこうと話に花を咲かせていた。

 紺色の傘にほとんど隠されて、彼女の顔はよく見えないし距離もあるがぽつんと佇む姿はやけに人の目に付く不思議なオーラがある様な気がして、なんの根拠もなく美人だと騒ぐクラスメイトの気持ちもよくわかる。
 美人だ美人じゃない、誰々の彼女では?誰々の彼女は違う学校だと盛り上がっていた話が、そのうちの一人が窓の外を指差すことでピタリとやんだ。

 「彼氏登場だわ」
 「うわ、あれ三年のあの先輩じゃね」

 ぽつんと佇む彼女に、傘もささずに駆け寄る男子生徒は俺のよく知る先輩だった。同じ部活の先輩で、なんとなくいけ好かない男だった。穏やかで誰にでも優しくしてもてまくる癖に目立つことを嫌い、自分に好意を寄せる人が苦手というとんでもなくズルい男だ。
 あの先輩の彼女ってことは絶対美人じゃん!うわ顔見てぇ!と俄然沸き立つクラスメイトとは対照的に俺の気持ちはどんどんと下がっていく。
 俺が密かに好意を寄せていた隣のクラスの子は彼に告白して見事にフラレて泣いていたらしいのに。何だよ、アイツばっかりと睨みつけた先ではずぶ濡れになった先輩が彼女の傘を手にして仲良く相合い傘をしながら駅へ歩いていくのが見えた。

 思いっきり風邪ひいて、あいつが今度の試合でボロ負けしますようにと祈りながら俺は相合い傘をしてる二人の背中を見送った。


8/27/2024, 4:09:41 PM