『神心、懐かしの恋を燃ゆ(しんしん、なつかしのこいをもゆ)』
九月始まり、夏の期限切れした空気が肺に柔らかく流れ込む。
毎年この頃に、僕は訪れる場所がある。
北陸、石川にある小島の「弁天島」
ここには、ある伝説があった。
ーはるか昔。
弁天島には、ある漁師の若者と天女がいた。
二人は夫婦であり、毎日幸せに満ちた暮らしをしていた。
しかし、そんな日々に曇りが浮き上がり始める。
「ごほっ…た、たすけ…」
「あ、あなた!!」
急な嵐。一つの災難。
「がっはっ…ぅ…」
「た、助けなきゃ、助けなきゃ……」
ドボン
ー天女は落ちた。荒れ狂う嵐に、もう助けれないと察し、誰よりも強い願いを込め、
たったひとつ。
「''私の命と引き換えに、どうかあの人を助けてください''」
そして、若者は目を覚ます。一人残され、嘆き悲しむ。
ただし、その後の人生は好景気。財産がぞくぞくと出てくる。
ーそれがために「弁天島」と言う名前がつけられた。
島の入り口の看板には、弁天島に関する悲しい伝説が残されている。
海は穏やか、本当に嵐などあったのかと思うほどの優しい潮の匂い。
髪を揺らす風が、サッと吹き抜け、目の前の木々の木葉に染み込んでゆく。
何も感じぬ冷たい木葉に、ただただ不肖の思いを抱き撫でる。
嗚呼、本当に、なんて僕は愚かなんだろう。
今さらここに戻ってきたって君には会えないというのに。
あの後、僕はすぐに君を探した。
君のあの声が聞きたくて、君のあの笑顔にもう一度触れてみたくて、
でも、触れれなかった。
自暴自棄にもなったんだ。もう君が居ないのなら、僕が生きてる意味なんかないと。
そんな時、神様に諭されたんだ。
「君が、もしあの子を想い続け輪廻から解脱出来たのならもう一度あの子に会えるよ」
そう言われて、何度も何度も生を繰り返したんだ。
でも、いつになっても解脱できない。
もしかしたら神様は僕をからかったのかな。
正直、もう君を想い続けるのも辛い。
本当に、辛いんだ。
ポツ
頭上から少し雨水が垂れる。
額に垂れた雨水も、太陽の暖かな日差しで包まれる。
それが頬に伝い、一滴の涙と同化する。
あぁ、もう死んでもいいかな。
足元の砂利が心臓の音より小さく聞こえる。生を実感する。
もう、いってもいいよね。
ドボン
_刹那、隣から何かが海に落ちる音が聞こえた。
「 」
女の子が落ちていた。薄い桃色の髪をした女の子が。
僕は驚いた。驚いたんだ。
何せ落ちていた女の子が君に''そっくり''だったから。
…ねぇ、神様。これは試練なのですか?
ドボン
海に、落ちた。
あの日の僕と君を重ねた。
君のあの声を思い出す。
「''神様どうか___''」
溺れた海は美しい。周りの小魚が僕の肌から酸素を奪う。
澄んだ空が僕を見つめる。
君は、いや、君ではないかもしれないけれど、助かったかな。
「あぁ、やっと会えたわ。ずっと待っていたのよ」
君の声かな。昔より少し高いんだね。
ちゅっ
静かなリップ音。これはきっと僕の妄想。
波に揺られて、僕の髪が誰かにそっと掬い上げられる。
ぽたっ
あれ、どうしてだろう。雨は降っていないはずなのに。
いやに懐かしい淑やかな水が頬に馴染み一体化する。
何故だか心が潤っていくような。
彼の心の灯火に、再度あの日が瞬いた。
お題『心の灯火』
※不肖(ふしょう)=未熟で劣る様子。愚か。
※淑やか(しとやか)=上品で落ち着いているさま。
あとがき
今回は、実在する石川県の弁天島の伝説をベースに書かせていただきました。実際の弁天島にも看板があり、そこに伝説が残されています。穏やかで温かく、何もかもを受け入れてくれるような優しさのある小島です。お休みの日に是非観光などされてはいかがでしょうか。行くなら午後に行くのがおすすめですよ。午前に行くと逆行で写真がいい感じにならないので。学生のお方々は夏休みも終わった頃ですね。社会人のお方々もお仕事お疲れ様です。今月は確か連休がありましたね。その時にでも、ゆっくりお休みくださいませ。では、日々精進してまいりましょう。
9/3/2023, 8:30:44 AM