かたいなか

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「善悪。イイねぇ!シンプルなお題は制約が少ないから、自分で選べる幅が広い。バチクソ好みよな」
二元論、グレーゾーン、「悪には悪を為す理由や大義が在る」への賛同ないし反論、あるいは単に嫌悪。 
どれで話を書いてやろうと、某所在住物書きが、悪い企み顔でスマホの通知画面を見る。
「……問題は好みに自分の力量が追いついてない点」
好きと、書きやすいと、それから書ける。皆似てるけど少し違う。物書きは首を傾け、ため息を吐いた。

――――――

「先輩の初恋のひとの話、聞いても良い?」
「随分と久々なネタを引っ張ってくるな。メタな話をすると、3月10日以来の」

先週の頭に、職場の先輩からチョコを貰った。
「初恋の話は私の古傷だと言った筈だ。何故?」
「『包み紙』の話聞いちゃった。製造元から」
17日だったか18日だったか、日付は覚えてない。キレイな、春の花の写真が薄く印刷されたオリジナルのワックスペーパーで、ちょっと崩れてたけどすごく丁寧に包まれた、散る桜の香りがするチョコだった。
「偶然だったの。顧客情報だから詳細伏せるけどって。『日頃世話になってるひとに礼がしたくて、って真面目で優しそうな人から、注文貰った』って」

先輩は先々週、13日、上司に一方的に押し付けられた致死量手前の仕事のせいで、職場で倒れかけた。
当日の仕事を引き継いで色々対応しておいた私へのお礼だって。いつも助けてくれる、自分にはもったいないくらいの後輩なのに、今までまともに礼をしたことがないって。先週のハンドメイドマルシェでわざわざ包み紙をオーダーして、準備してくれたらしい。
私に隠れて。店主相手に、私のことちょい褒めして。
その背景を私が知ったのは23日頃だった。

「嬉しかった。先輩、私のこと頼ってたんだって」
詳しく知らないけど、この真面目な先輩を、その優しい心を、4回もズタズタにした極悪人がいたらしい。
こんな、ちょっと不器用でどこまでも善良な人の心を、バッキバキにへし折った極悪人がいたらしい。
どんなクズだったのか、怒りと一緒に興味が湧いた。

「ホントに初恋の人がクズだったら、呟き垢特定して火種まいて、もし新しい恋人とか家族とか居たら、」
「『怪物と戦う者は』、」
「っ、」
「『その過程で自分も怪物とならぬよう注意せよ』。……フリードリヒ・ニーチェ、『善悪の彼岸』の一節だ。お前のそれは、動機と理由がどこであっても、画面の先にいる人の心を同様に傷つけてしまう」
「先輩が、そもそも傷つけられたんでしょ?!」
「頼む。やめてくれ。あのひとの話は本当に、本当にまだ苦しいんだ」

すまない。
ポツリそう結んで、先輩は申し訳無さそうに目を細めて、うつむいた。
私の中には酷いモヤモヤが無駄に残って、でも先輩に「ごめん」も何か少し違う気がして、
ただ、先輩と同じように、私も視線を下げた。

4/27/2023, 12:01:21 AM