真澄ねむ

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 長雨の季節になった。ベランダで鉢植えの手入れをしていたステラは、ふと目に入った自分の髪が湿気でうねっているのを見て、溜息をついた。元々癖っ毛で、あちこち髪の毛が跳ねてしまうが、髪を伸ばすことでそれを目立たなくさせていた。それでも、このような雨が降りしきる日には、その苦肉の策も意味を為さない。
 彼女はせめてもの抵抗とばかりに、髪を一つに結わえた。動くたびに尻尾が首筋を撫でて、若干くすぐったい。
(髪を結うのも久しぶりだわ)
 ステラは少しだけ口許を綻ばせると、ポプリを作るために、ラベンダーの花を摘み始めた。他にもローズマリーを摘むつもりだ。
 充分な量を摘み終えた頃だ。
「ステラ」
 すぐ傍で声をかけられて、思わず彼女は持っていた鋏を落としそうになった。細く長くゆっくりと深呼吸をして、早鐘を打つ心臓を何とか宥めようとする。ぎこちない動作でステラは声を方へと振り向いた。
「……ラインハルト」
 背後に佇んでいた人物の姿を認めて、彼女は溜息をついた。じろりと睨みつけると、彼はにこりと微笑んだ。
「いつからそこにいたの?」
 彼女の言葉に、彼は微笑んだまま、小首を傾げると口を開いた。
「あなたが髪を結う辺りから」
 ステラは再び深々と溜息をついた。
「ほぼ最初からいたってことじゃない……」
「珍しいですね。あなたが髪を結うなんて」
 自分の憎まれ口をあっさりと流され、彼女は頬を膨らませて、そっぽを向いた。
「雨の日だと、髪がうねっちゃうの」
「どんな髪型でもお似合いですよ」
 彼はそう言いながら、彼女の毛束を手に取った。
「そういうことじゃないのよね……」
 全く乙女心のわからない人だこと。ステラは肩を竦めると、振り向いた。艶のあるさらさらとした彼女の髪が、するりと彼の手から逃げていく。
「好きな人の前ではいつだって自分の一番可愛い姿を見てもらいたいものでしょ」
 彼女の言葉に、ラインハルトは目を見開くとしばたたかせた。すぐに破顔すると、彼女を抱きしめた。ちょっと、危ないでしょ。そんなことをもごもごと言う彼女に向かって、彼は囁いた。
「あなたはいついかなるときでも、可愛らしいですよ」
「……ほんと、そういうことじゃないんだってば……」
 そういう彼女の顔は耳の先まで赤く染まっていた。

6/1/2024, 2:59:53 PM