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♯遠くの声


 遠かったからこそ、僕は彼の声に耳を貸さなかった。
 結果があれば原因があるように、彼が声を上げたのにも必ず理由があったのに。
 あの背中の痛み、お腹の張り……たしかな不調のサインを、僕は日々の忙しさにかこつけて、気のせいだと決めつけてしまった。
 ――あのとき、ちゃんと耳を傾けていたら。
 病院のまっさらな天井を見上げながら、思う。
 遠かったはずの彼の声は、いまや身体中にがんがんと響きわたるほど近くなっている。
 胃の奥の奥で苦しみを訴える彼を労るように、僕はそっとお腹を撫でた。

4/17/2025, 3:11:22 AM