中宮雷火

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【嘘泣き】

涙は女の武器だ。
それに気付いたのは小学5年生の時だった。
長縄跳びで骨折してしまって痛すぎて泣いていると、
「大丈夫?歩ける?」
と、男の子が手を差し伸べてくれた。
私が片想いをしている男の子だった。
「……ううん、立てない」
「肩貸すよ」
そうしてその子は私を保健室まで連れて行ってくれた。
嬉しかった。
とっても嬉しかった。
初めて、点と点が結ばれたような気がした。

私が友達と喧嘩をして泣いている時も、男子は私を気にかけてくれた。
片想いしていた子も、そうでない子も。
中にはちょっと顔の良いイケメンもいた。
「ハンカチ貸そうか?これで涙拭いてよ」
私が泣いただけで、こんなに優しくしてもらえるなんて。
私は衝撃を受けたとともに、面白くなった。
味を占めた。

それから私は、「泣き虫キャラ」を貫くことにした。
些細なことですぐ泣く子になった。
男子から心配してもらえるから、益々面白くなって、エスカレートした。
女子からは嫌われるようになったけど、別にどうでも良かった。
私の周りにはイケメンな男子さえいれば良かった。 
私が泣けば、イケメンが近寄ってくる。
楽しかった。実に面白かった。
 
中学生になっても、このキャラが全く変わることは無かった。
それどころか、どんどんエスカレートして、勢いは増していくばかりだった。
中学生になって新たに気付いたのは、
「泣けば何でも許される」ということだった。
「そういうこと言うのはやめたほうが……」と言われれば、
「え〜ん!あの子にキツイこと言われた〜」
と、被害者面して泣いておけばいいのだ。
そうすれば、男子達は私を庇ってくれるのだ。
お陰で、男友達がたくさんできて、彼氏までできてしまった。
女友達は、いなかった。

中学3年生になった私は、夏休みに映画を観に行くことになった。
別に興味の無い映画なのに、お母さんにしつこく誘われて行くしか無かった。
座席に座り、待つこと20分。
映画が始まった。
どうやら恋愛映画らしい。
2人の男女が偶然出会って、デートをする話だ。
お母さんが隣で涙ぐむ中、私は肘を付き、欠伸をしながら観ていた。
しかし、私はあるシーンに惹かれた。
女性が涙を流しながら、男性に別れを告げる場面だ。
私は、頭をガツンと殴られたくらいの衝撃を受けた。
女性は、透明な涙を流していた。
それは、本当にキラキラしていた。
星みたい、と思った。
私は今までに、こんなに透明な涙を見たことがあっただろうか。
いや、無い。

映画を観終えて帰路についた。
車の後部座席でゆらり揺られながら、私はずっと考え事をしていた。
私は今までに、あんなに透明な涙を流したことがあっただろうか。
その時、私は吐き気を感じた。
無い、あんなに美しい涙を流したことなんて、一度たりともない。
私の涙は、黒く濁っている。
それに気付いてしまって、頭がクラクラしてしまった。
私は、愚かな女の子だった。
泣けばイケメンが近寄るだなんて、そんな考えは気持ち悪い。
私は男子のことを「モノ」としか思っていなかったのかもしれない。
私は、許されない人間なのだ。

それから私は、泣き虫キャラを辞めた。
今までの自分の行動が、酷く気持ち悪いものに感じられてしまって、そんな自分に嫌気が差したのだ。
そして、高校生になった私は演劇部に所属した。
あの映画を観てから、あんなに透明な涙を流せる女優が羨ましいと感じたからだ。
私も、あんな涙を流したい。
私の夢は「モテる女子」から「女優」に変わった。

大学生になって劇団に所属した私は、本格的に演劇の世界にのめり込んだ。
毎日演じて、演じて、演じる毎日。
不思議なことに、苦しいとは思わなかった。

そうして2年が経ったある日、次の舞台の台本が配られた。
恋愛を題材とした物語だった。
私は主人公のヒロイン役で、一度は主人公と結ばれるものの、結局は別れてしまうという役だ。
台本には「別れの言葉を告げながら涙を流す」と書いてあった。
「この世界で一番美しい涙を流せ、いいな?」
そう言われた私は、強く頷いた。
私はこの為に頑張ってきた。
透明な涙を流す為に。

数カ月の稽古を経て、遂に本番の日を迎えた。
「お客さん、いっぱい入ってるね」
舞台袖から、満員の客席が見える。
もう逃げられない。
「本番5分前でーす!」
もうすぐ始まる。
私は心臓がバクバクしていた。
もし、綺麗な涙を流せなかったら。
不安だ。吐き気がする。
その中で、私は学生時代の記憶を思い出していた。
涙は女の武器、そう思ったきっかけの日。
涙を流して被害者面をした日。
映画を観た日。
過去との決別の為に、彼氏と別れた日。
たった数秒の間に、痛く黒い記憶がフラッシュバックする。
そうだ、私は過去と決別しなきゃ。
許されるとは思ってない、ただの我儘だ。
どうか、舞台の上だけは我儘でいさせて欲しいのだ。

舞台が始まった。
舞台に上がると、輝かしい照明と沢山の拍手が私を迎えてくれた。
あとは、演じるだけだ。
その後、舞台が大成功に終わったことは、言うまでもない。

1/16/2025, 1:03:34 PM