かつて人が行き交った水の都。
欠け落ちた柱は水路に突き刺さり、城は蔦に覆われている。通りすぎた戦禍すらも、過去のものになろうとしている。
「エノの傍は落ち着くんだ。苦しい気持ちも和らぐし、涼しくて心地いい」
騎士は見つめる。隣に座る魔女は、かつて仲間として戦っていた魔法使いだった。彼らは今、廃城の屋根に座っている。
「それは良かった……。その、ディートヒさんはどうしてこちらに?」
「俺のばあちゃんがここの出身でな。その、まぁ……あんまり長くないらしくて。もう一度だけ行きたいと言っていたらしい」
二人は辺りを見下ろす。建物や道路は根元から崩されており、辺りを歩くのは得策とはいえないだろう。
「さすがに箒に乗せるのは……どうしたものか」
悩む騎士の横顔、その向こう側の丘には教会が建っていた。
「ディートリヒさん、教会までなら移動できるかもしれません」
「そうか、そこがあったか。歩道も整備されているし……なんとかなりそうだ、ありがとう」
解決の糸口が見えたと同時に、澄んだ鐘の音が響き渡る。
「もうこんな時間か。どうした、エノ」
「いえ……なんでもありません。今日こんな風にお会いできたのが嬉しくて……」
「はは、まるでまた別れるみたいじゃないか。安心しろ、お前と一緒に西の森へ帰るつもりだ」
騎士は皆を逃がすために囮になり、姿を消した。生きているのが奇跡と言われ続ける中、魔法使いは奇跡を信じていた。堕落した仲間を戒め、ただ一人で依頼をこなし続けた。
「すまなかった。俺がいない間、ずっと一人で頑張ってたいたんだろう?」
魔女の頬に落ちた雫を、騎士は指でそっと拭う。
「帰ろう、エノ。お前には俺がいる」
『福音と雨音』
「鐘の音」
8/6/2024, 9:58:40 AM