バスに乗って、終点まで。
そこには、思い出のカレー屋さんがあって、あの頃と同じ匂いを辺りに漂わせている。
あの頃、この店のカレーライスが大好きで、毎日のように通っていたのに、いつのまにか来なくなった。
家からの距離が遠いのもあったし、近所に新しく美味しい店がいくつか出来たことも理由か。
…いや、一番の理由は、あの娘と別れたショックだったのかもしれない。
しばらく出歩けない日々が続き、食事のために終点までバスに乗る気力が無くなったというか。
二人で食べに来たことはない。
彼女がそんなにカレー好きでもなかったし、心のどこかで、この店は自分のお気に入りとしてしまっておきたかった。
だから、彼女との思い出が邪魔をしていたというわけではない。
店の扉を開けると、懐かしい光景が広がっていた。
あの、一番奥の窓際の席、いつも自分が座っていた席。
今日も空いている。
まるで自分待っていてくれたかのように。
…まあ、そんな訳はないのだが、引き込まれるようにその席へと向かう。
腰を下ろすと、そこからはもっと懐かしい景色が見えた。
この景色の中で、大好きなカレーライスを食べている自分がいた、あの頃。
あの頃は還らないが、自分はこの場所に帰ってきた。
何かを失ったりもしたが、まだここに、大好きなものがある。
いつか、この場所を失う日だって来るかもしれないが、きっと自分の旅は続く。
落ち込む日々もあるだろうが、立ち直れる時間や場所や好きなものがある限り、何度だって立ち向かうのだろう。
この旅を続けるために。
懐かしいカレーの匂い。
テーブルの上に、あの頃大好きだったカレーライスが運ばれてくる。
あの娘のことも大好きだったけど、彼女は僕の旅の途中で、あのバスを降りていった。
終点まで一緒にいられることはなかった。
カレーライスを口に運ぶ。
…やっぱり美味い!
これを味わうためなら、バスを終点まで乗り続けることも苦じゃないな、と素直に思えた。
僕の旅のキャラバンが、ゆっくりと前進を始めた。
ラクダの背の荷物に、この店のカレーライスを旅のお供として追加して。
9/30/2025, 10:01:39 PM