ハル

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彼が使ったすぐあとの浴室は、湯気で白く曇っていてまだ少し暖かい。
それでも素足には冷たい床が冬を主張しているようで、たまらなくなってシャワーからお湯を出した。

仲睦まじい恋人同士であれば、事後のシャワーも一緒なのだろう。そんなことが頭をよぎるが野暮なことだと頭を振る。

彼は今タバコを吸っている。いつもの事だ。することが済んで、すぐひとりでシャワーを浴びて、ベランダに行く。

それでいい。私たちはただお互いの欲求を解消するためだけの関係で、その間に余計な感情は持ち込むべきではない。

終わったら自分がしたいように、シャワーでもタバコでもなんでもすればいいのだ。私も少し休憩してからシャワーを浴びたい。とても合理的な流れだと思う。

泡立てたボディーソープを体に広げる。

ふと、事に及ぶ前に見た映画のシーンを思い出す。

恋愛ものの洋画だった。彼と見る映画は恋愛色が強いものが多い。そして必ずベットシーンがある。愛し合う2人がベットで重なり合うのを横目に、彼は私に覆い被さるのだ。今回もそうだった。

唇に柔らかい感触がして、気付けば深く口付けあっている。
彼の顔が離れ、次は首にやわらかさを感じた。すこしのくすぐったさと恥ずかしさが襲う。

照れたように顔を逸らした先にあった俳優の顔。

『Love you』

愛してると紡いだ口元が、その目が、どうしてか頭を離れない。

いつも通りの流れだった。きれいで、合理的で、お互いの気持ちを高めあって満足度の高い夜にするための。

彼の口からこぼれる「愛してる」も、いつも通りだった。欲望で燃える目もいつも通りで。

けれど、ほんの少しだけ思ってしまった。彼から、本当の愛してるを贈られたとしたら、欲望だけでなく、愛情も閉じ込めた瞳で見つめられたら。

錯覚する。彼の手つきが、私を愛するものでは無いと知っているのに。

今日は少し、別々のシャワーが悲しいなんて。


シャワーからお湯を出した。
全部流れればいいと思った。
ボディーソープの泡も、夜の痕跡も、私の要らない感情も、全て。

私たちはただお互いの欲求を解消するためだけの関係。余計なものを持ち込むべきでは無い。

私の本当の愛してるは、あなたにはあげない。


お湯を止める。
足を踏み入れた時よりも白く曇った浴室を出る。
そして換気扇をつけた。
いつもならすぐにタオルを手に取るけれど。
今は少しでも早く、このもやを取り払ってしまいたかった。

2/23/2024, 2:21:04 PM