8木ラ1

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「ころしちゃった」
火曜の帰り道。
そう呟く君に僕は目を見開く。
「お父さんを。昨日の夜に殺しちゃったんだ。」
何故殺したのか、凶器は何を使って殺したのか、彼は淡々と話し出す。

正直、内容はほとんど覚えていない。その彼は怯えていたわけでもなく堂々としているわけでもなかった。
ただ、いつも通りつまらない世間話をしているかのような、そんな雰囲気で話している様子が衝撃的だったから。
その後の僕はたぶん、テキトーな相槌を打って家に帰った。家に帰って、部屋のベッドに寝転がって、いつもみたいにだらだらゲームをしていた気がする。

目を覚ます。いつの間にか寝てしまっていた。時間を見ると学校が始まる寸前の時間だった。僕は急いでリビングに駆け下りる。
いつもなら強引にまで起こしてくれるはずの母だが、今日はのんびりとコーヒーを飲んでくつろいでいた。

僕はそれを見て眉をひそめながらも、制服に着替えようとする。すると母に呼び止められた。
「しばらく休校だって。」
母はそう言う。いつもと違う口調と声のトーン。
先ほどまで焦っていて分からなかったが、久しぶりに顔をよく見ると彼女の表情は酷く曇っていた。

昨日の出来事が頭に思い浮んだ。まるで夢だったのかと疑ってしまうほど記憶がふわふわしている。

もしかして。
昨日の彼の発言がもし事実なら。

息を呑んだ。
「何かあったの?」
思い切って聞いてみると、母は少しの間黙りやっと口を開いた。
「…近くで事件があったらしい。」
母の目は激しく揺らいでいた。長い間、沈黙が続く。

そうか。事実だったんだ。

「ぁぁ…」
息を吐くと同時に、自然に声が漏れた。
僕はしばらくその場で立ち尽くす。
「ご飯、にしよっか!」
母は場を切り替えようと手を叩いた。僕は無理やりにでも口角を上げて頷く。すると母は急いでキッチンに向かった。
その日は母も僕も正常を保とうと必死な一日だった。

休みが明けた月曜日、制服に着替え学校に向かう。
まだ心の異物が取り除けてないまま、教室の扉を開けた。その扉はいつもより重く感じ、ぐっと入れたくない力を入れる。
「あ、おはよう…」
友達の無理やりに笑ったその表情が酷く頭にこびりついた。荒くなってくる呼吸を抑えながら彼の席に目を向ける。

そこに彼の姿はなくぽつんと空いた席。廊下の窓から冷たい風がこぼれ、立ち尽くす僕の背中をなでた。
だが、すぐに冷たい空気は消えていく。
誰かが窓を閉めたのだろう。

どうでもいい。
そう頭の片隅で考えながら、目を伏せ自分の席へ向かう。その頃にはもう荒い呼吸は落ち着いていた。ちらりと空いた席を見る。
彼がたった一人の友達とか、そういうことはなかった。落ち着いた性格で帰り道が一緒の話し相手。

別に涙が出てくることはない。ただ胸の異物が大きくなっただけ。

数日後の話、彼は捕まったらしい。ニュースでも放送されたとのこと。

今思うと、友達が少なかった彼は、関係が浅くとも唯一話せる僕にしか伝えれる人が思いつかなかったのだろう。
余裕そうに見えたその表情は、本当は恐くて泣きたくて泣き縋りたかったのだろう。
僕は人の表情をよく見ないから。見ないせいで。
「今考えてもか。」

胸が押しつぶされそうになる。別に仲良い訳ではなかったけど。特別な友達ってわけではなかったけど。

いや、特別だったのかな。
他とは違って、真剣に話を受け止めてくれていた友達だったから。

「いまきづいてもなぁ…」
無意識に声が震える。弱々しく、今にも消え入りそうだった。
僕も、もっとちゃんと、君の表情を見て君の話を聞いて君の悲しみを知りたかった。

べつに
いまさらこうかいしてもだけど、

1/7/2025, 11:30:02 AM