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昨年末、義父が緊急入院して手術後、緩和病棟へ移って1ヶ月とちょっとで亡くなった。完治の見込みはなかったため延命の治療はせず、点滴と少しのビタミン剤で様子見状態だった。
普通は、長くても2週間ぐらいで、そんなに長くはもたないそうだけど、義父は手術も大病もしたことがないため、身体が丈夫で、弱るスピードが遅かった、とのこと。

その入院中、喋ることはできなくても筆談で意思を伝え、看護師さんに何かしてもらうと頭を下げ、人としての礼儀だけは最期まで失くさなかった、と義母から聴いた。

死ぬのを待たれる状態で、1ヶ月以上飲まず食わずでも義父は自分を貫いた。

『そうしきするなすぐもやせ』それが遺言だった。遺言どおりの直葬で、わたしたち夫婦はご遺体には会えず、。



わたしたちの結納の時、
実家に来てくれた義父母を、駅まで送った時に、「貴女は苦労したね…」と、義父は声をかけてくれた。

子供の頃からそれまで、周りの大人は母に対しては、『女手一つで娘さんを育てて苦労したね』と言い、その次にわたしに、『お母さんは苦労したんだからお母さんを大切にね』…と。


…お義父さんだけだった、最初からわたしの方を見てくれたのは。うれしかった。
そのことを夫に話したら、すぐお義父さんに伝えてくれた。はずかしかった。


お義父さんに会いに行ってきます。
みんなでお義父さんを囲んで、思い出話し会をするそうです。


2025/02/03
今日は立春。

「白って200色あんねん」って、アンミカが言ってたょ。


2/3/2025, 11:33:02 AM