こうなったらいいな。
ああなったらいいな。
期待を殺すために、全てを捨てる覚悟をして海に瓶を投げた。
誰かに届く確率は低い。
けどもしかしたら、たまたまどこかに流れ着いて、たまたま誰かに見つけてもらって、たまたま無事だった中身を見てくれるかもしれない。
私の心の声を綴った手紙。
近くにいた人には誰にも届かなかった言葉。
抑圧されてきた。
笑われてきた。
ともすれば、もし万が一成功したら、自慢するからサインちょうだいだなんて言われて馬鹿にされた。
誰も私を理解できないのは、わたしが誰も気にしないような小さなことばかり気にするから。
どうしてそんなくだらないことで悩んでいるのだろう。
わからない。
私だって、それが知りたくて、日々頭を回転させている。
そうしたら、ある日、私は気づいてしまった。
私の隣には誰もいないこと。
私の隣には、誰もいなかったこと。
私はずっと、誰かの温もりを求めていた。
誰かが困っていたら手を差し伸べてしまっていたのは、決して優しさなんかじゃない。
この中の誰かひとり、私の隣に寄り添ってくれるかもしれない。そう思っていた。
だけど、彼等はありがとうと、言葉を交わして、去っていく。
温かい感謝の言葉。役に立って嬉しくて、けど、私の心はまだ置いてけぼり。
振り返ると、だれも私を見ていない。
知らない人が不思議そうにこちらを見るだけ。
その中には、仲良さげな友人、恋人、家族。
あの人たちは、ずっと一緒にいるのかな。
困っている人には無条件に手を差し伸べられても、その輪の中には入っていけない。
たまたまSNSで知り合った、趣味の合う友達。
仲良くなっても、みんな突然姿を消した。
SNSを辞めた。趣味が変わった。生活スタイルが変わった。
縁が切れるのを恐れて、私は彼等の好きなものを片っ端から試した。けれど私は、普通の人よりものを楽しめない。
人気のドラマ、アニメ、漫画。本当にすきな物語なら、私は一人でそれを楽しむ方が好きだった。
旅行も苦手、遊園地も、映画も、私は純粋に楽しめない。
そうしたら、私にはなにもなくなって。
それでも、期待を捨てられないことに気づいたら、苦しくなった。
私はどこにも行けなくなった。
誰かが迎えに来るかもしれないと思ったら、死ねなかった。
久しぶりだね。元気だった? って。
たとえばあの子は? あの人なら?
海に流した瓶を、受け取ってくれた誰かなら?
有り得そうで、現実になることはなかった。
またね、と何度も言った。
さようならは言ってない。
なのに、「また」は、やってこない。
こうなったらいいな。
ああなったらいいな。
嬉しい妄想をしては、期待して、そして、一人ぼっちの空間で泣いた。
連絡を取ろうと思えば、取れる友達は沢山いる。
けれど、何を話せばいいのだろう。
SNSで常に姿が見えていたって、なにが好きでどんな話をしているか分かっていたって、私は彼等の好きな物に詳しくない。
彼等が楽しそうな様子を、私はただ、眺めている。
無理に合わせることは苦痛だと知っている。
無理をすると気を使わせることを知っている。
楽しいものが、楽しくないものに変わるのを知っている。
そうなった瞬間、私は自ら彼らと縁を切るだろう。
もしかしたら、追いかけてくれないかなと期待を描きながら、鋭利な鋏で、音を立てて切断する。
虚しい音が響いて、はらりと何かが落ちていく。
その音にだれも気づかないでいる。
時間が経てば、思い出してくれるだろうか。
そういえば、元気にしてるかな。今どうしているだろう。
だけど、連絡までは取らない。私だって、そんなことしない。思い出して、また大事に心に仕舞うだけ。
必死に追いかけても、息苦しくなるだけだから。
誰も振り返らないことを確認したら、一人に帰るしか出来なくなって。
こんな私でも、友人は死んだら悲しんでくれるだろう。
楽しいところに少しでも水を差すようなことはしたくない。
だからこっそり、絶望する。
そして、どうやったら前向きに生きていけるのか、また考えるから。
これも、誰かにとっては、そんなことなのだろう。
そう言われるのが怖くて、私は誰にも相談できずにいる。
思わず呟いてしまった時、それに気づいて近寄ってくるのは、私を騙そうとする人間だけ。
ほんとに優しい人は、声をかけないものなのだ。
だって、自分が本当に困っている人の助けになれるのか、分からないでしょう。
ありがとうと言葉だけもらっても、本当はまだ救われていないかも知れないでしょう。
そんな傲慢な考えに、いつだって傷ついてきた。
彼等のおかげで助かったふりをしていた。
そうして彼等は満足して去っていく。
最悪、対価を要求される。
なんて、酷い世の中。
きっと海に流した瓶も、割れて、中身が溶けだしているに違いない。
そう思ったら、少しだけ、安心できた。
7/29/2024, 1:51:29 PM