川柳えむ

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 天文部、夜の活動。
 望遠鏡も持たず、高台の公園へと繰り出した。
 この公園は視界が開けていて、街の景色や、空を見上げるのに丁度いい。
「これ渡しとくな」
 先輩が星図を渡してきた。
 紙にはたくさんの星座が描かれていて、方角を合わせると、星座の位置がわかるようになっている。
「望遠鏡じゃなくて、こうやって肉眼で見るのも綺麗ですよねー」
「そうだな。あ、あの星座、なんて星座がわかるか? 星図見ないで答えてみろ」
 先輩が無茶振りをしてきた。いや、天文部なら答えられて当然なのかもしれないけど……。
「えーっと……」
「覚えてないのか? まだまだだな。あれはケフェウス座だ」
「ケフェウスって……カシオペヤの夫でしたっけ?」
「そうだ」
 もし、あそこにいるのが先輩だとしたら、カシオペヤは私でありたいな。
 なーんて……。
 でも、神話だと結構酷い話なんだっけ? 神話って大体そんなもんだけど。
 ――それにしても、
「綺麗だなぁ……」
 思わず呟いていた。
「あぁ、綺麗だよな」
 先輩の言葉にはっとする。
 先輩は、きっと星のことを言っているんだろうけど、私は違った。先輩の横顔に見惚れて、思わず零れていた。
「そ、そうですよね。とっても綺麗です!」
 そうして、二人で夜空を暫く見上げていた。
 このまま時が止まればいいのに。そう思いながら。

「星図、ありがとうございました」
 帰り際、星図を返そうとすると、
「記念に持っておけ」
 と、そのまま渡された。
「来年にはおまえ一人なんだ。頑張って後輩入れろよ。そしてこうやって、また一緒に星空観察に来てやれ」
 胸がチクリと痛む。
 来年には私一人。先輩はもういない。
 私は先輩につられて、この部活に入った。その先輩がいなくなる。この星図のように、私に光を示してくれる存在が、もう、消えてしまう。
 私は、どうしたらいいんだろう。

 何も言えないまま、時は経ち、大切にとっておいたはずの星図も、どこかへと消えてしまった。
 後輩も入れることはできず、もうすぐこの部活も私の卒業と共に消える。
 あの日、手を伸ばしていたら、どうなっていただろう?
 でも、星に手は届かない。どんなに光が近く見えても、どれだけ手を伸ばしても、星は遠くに輝いている。


『消えた星図』

10/17/2025, 12:43:58 AM