「幸せに」
がらんとした部屋で小さめの段ボールを開ける。
中には可愛らしいぬいぐるみやキーホルダー、マグカップなどが窮屈そうに詰まっている。
ひとつひとつの品に彼との思い出が詰まっていて、記憶が脳みそをゆっくりと巡る。
巡っていく速さや深さから、彼との日々が濃くて尊いものだったと思い知らされる。
時間はあまり経っていないのにこの頃の自分がとても若く見えて、眩しかった。
まだ見慣れないひとりきりの部屋にきらきらした思い出は似合っておらず、再び段ボールに蓋をする。
彼との日常が消えないように。
いつだって思い出せるように。
かすかな残り香さえ失いたくなかった。
食器や化粧品に日用品…などなどもっと他に荷ほどきしないといけないものは山ほどあるのに、私は未だに過去に縋り続けている。
未来しか見ていない彼とは正反対に、私だけがまだ子どものままだった。
明日から4月で、私も彼も地元にいない。
もう、会うことはないんだなと改めて思う。
確かに一緒に過ごしたはずのあの日々は、あっという間に新生活で塗り替えられて消えてしまうのだろう。
彼が今何をしているのか、
誰といるのか、何を想っているのか。
夢を追いかける彼を支えることのできなかった私には、
そんなこと知る権利がない。
ただ“元カノ”ってだけで一丁前に偉そうだけど、
そんなことは分かっているけど、
せめて最後に、あなたの幸せくらいは願わせてほしい。
わがままな願いを、ダンボールと共にクローゼットの奥に押し込んだ。
壁にかかった明日着るスーツを、しばらくその場で眺めていた。
3/31/2026, 11:33:48 AM