ㅤどこでもいいから旅に出たかったあなたと、小説に書かれた場所に行ってみたかった私。あの頃の二人は今思えば無敵だった。私が言った行き先の通りに、あなたがツアープランを組む。思い立った翌週には私たちは大抵空を飛んでいた。
ㅤ初めての海外はマレーシアだった。治安も物価も悪くなかったクアラルンプールの、二十八階のネオンのひとつに私たちは溶け込んだ。
ㅤ私がどうしても行きたいと言った、両端に蛍の群れがとまる河下りのツアーは、新婚旅行カップルだらけで、図らずも傷心旅行と化した私の背景に、彼らのあらゆる仕草や言葉が容赦なくグサグサ刺さった。
ㅤ近くのレストランで夕食を摂り、日没を待って舟の列に並ぶ。複数の方言が混じったようなヘンテコな日本語を操るツアーガイドは、私たちをずっと同性カップルだと思っていたらしい。
「闇の中でんこそ、光は綺麗に輝けるんやわなぁ」
ㅤ楽しんでね~、と朗らかに手を振られ、私たちは小さな舟に乗りこんだ。遠くから祈りの声が響く。左右に目を凝らせば、忙しなく瞬く光が闇の中で溶けては浮かび上がった。
ㅤ心もとないほど小さな舟は、銀河の只中を静かに進んでいく。
『光輝け、暗闇で』
5/16/2025, 9:50:55 AM