結城斗永

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 永遠の命なんていうものは証明のしようがない。
 なぜならその命が永遠であることを認識できるのは、それよりも永く生き続けるものだけだからだ。
 俺の命が永遠に続いているように見えるのは、単にこの先に待ち受けている死を、偶然に避け続けているからに他ならない。
 そうしてまた訪れる今という瞬間に、永遠を感じてしまうのは、俺がその終わりを望んでいるからなのかもしれない。

 俺はいつからか、漆黒の闇の中で永遠について考えていた。もう何度繰り返したかもわからない自問自答に、答えが出ることはない。
 
 あの時ミチルは、生きる屍と化していく俺を見ても尚、『決して見捨てない』と言い放った。でも、俺はそれを拒んだ。本能という闇が俺を飲み込んでしまったら、欲望のままにお前を傷つけてしまうから。
 お前は生きなきゃいけない。俺のために尊い命を犠牲にするなんて馬鹿なことをしてはいけない。

 俺がお前にどれだけ助けられてきたことか。
 人間の『欲』という刃を突きつけられて、倫理観や神への背徳に心を引き裂かれそうになったあの日々に、お前の存在がどれだけ心強かったか。
 世界が欲する永遠の命を目指しながら、早く命を終わらせたいと沈んだ日々に、お前から差し出される手にどれだけ救われたことか。

 大地が大きく揺れたあの瞬間、俺は全てから解放されたと安堵した。人類など足元にも及ばない自然の脅威が、俺を閉じ込めていた分厚く頑丈な壁を、いとも容易く壊していった。
 あれは紛れもなく神の怒りだ。生命を愚弄し、自らの欲におぼれた人間に下された鉄槌だ。そして――俺に下された罰だ。

 時間の感覚を忘れた暗闇の中で、自分がいる位置すらわからないまま、俺はわずかな光を探し続けている。
 光の先に、ミチルがまだ居てくれることを望みながら、反して、居てくれるなと願う。
 
 ――タツヤ……。

 遥か遠くからミチルの声がする。俺を包み込むようなミチルの熱が伝わってくる。

 ミチル……!

 俺は届くはずもない彼の名を必死で叫んだ。何度も、何度も。声のする方に光を探す。僅かな光も見逃さないように意識のすべてを集中する。
 
 ――届いてくれ。
 
 そう願い続けた時、暗闇を裂くように一筋の光が差した。光の向こうにミチルの存在を感じる。
 俺は必死で両手を伸ばす。
 裂け目に指をかけ、渾身の力を振り絞る。
 岩の扉をこじ開けるように、視界が光に満ちていく。

 ――瞬間。

 世界は一気に明るさを取り戻した。
 徐々に鮮明になる視界の先に、こちらを心配そうに見つめるミチルの姿を見つけ、俺は思わず抱きしめた。
「俺……助かったのか――?」
「タツヤ、おかえり」
 そう笑いかけるミチルの声には涙が交じる。

 ミチルの背中に回した俺の両腕は、血の通った人間の色をしていた。崩壊した研究所の壁から差し込む太陽の光を受けて、細胞のすき間で滲んだ汗がキラキラと輝いている。
 
「俺の血には解毒作用があるみたい」
 ミチルが明るく笑いながら白衣の袖を捲ってみせる。そこには破線のような噛み跡がくっきりと残っていた。
「それ、俺がやったの?」
「うん、痛かったんだから。でも、それが良かったみたい」
 そう言ってミチルはもう一度ニコリと笑う。俺も申し訳なさを感じながら笑みを返す。
 
 ――死を避け続けていたのは、偶然じゃなく本能だったのかもな。
 
 そう考えると人間の『欲』にも少しは意味があるんだと思えてくる。
 永遠なんてものはきっと無いんだろうけれど、今は目の前にある現実がずっと続いて欲しいと願っていた。

#永遠なんて、ないけれど

※2025.9.8投稿『仲間になれなくて』をタツヤ視点で書きました。併せて読んでいただけたら嬉しいです。

9/28/2025, 4:41:31 PM