私は休日決まってなかなか起きられない。別に病気でもないし意図的でもない。休日ってだけで身体が勝手に安心しているのだと思う。そして私は今日もこの部屋で眠りにつく。
私の部屋はそう広くはない。学生には勉強机さえあればいい。そういう親の考えで最初は部屋なんて用意されることはなかった。でも私を可愛がってくれた兄が気の毒に思い、一昨年大学へ出る時に私へ譲ってくれたのだ。
「当分はここを好きなように使え。俺のモンもある程度は残していくから狭くはなるだろうけど。」
兄は私の頭を撫でながらそう言い残し家を出た。それ以来、私はこの部屋を季節に合わせて装飾して兄が帰省する時に一緒に過ごしている。毎週の掃除だって欠かさない。部屋の明かりは1番暗くて暖かい色。日没後は部屋の照明は一切付けず電気スタンドだけ。私なりのこだわり。私の居場所だと言えるように。
思えば私にはここしか居場所がない。それは兄も気づいてくれていたのだろうか。
私の両親は仲が悪い。毎日のように父は母に怒りをぶつけ罵詈雑言を吐いては「離婚だ」と決まり文句のようなものを繰り返している。母は結婚してから一度も父に寄り添うことはなかったらしい。そして父は母の性格や言動が気に食わないのだ。母は
「私はただ生活しているだけなのに…どうして?」
と私に縋り付いてくる。兄と姉、そして末っ子の私。成長する程悪化する夫婦関係の仲裁に兄が入っていた。姉はそんなものに興味はないどころか
「離婚?勝手にすれば?どうせ私は家を出るし」
と火に油を注ぐようなことを言う。兄が家を出た今、あいだを取り繕うのは私。父にいい顔をし縋り付く母を慰める。しかし時が経つにつれ、父の矛先があらゆる方向へと向けられることになった。私が母を庇っていることに腹を立てたのだ。いつしか私へ母への罵詈雑言を愚痴愚痴と浴びせ、私への怒りもぶつけてくるようになった父。
「離婚をしようと思っている。お前の姉は離婚しても良いと言っているんだ。お前はどうなんだ?」
と私へ意見を迫るようなことも多くなった。私の一言の発言が命取りになってしまうかもしれないからへたなことは言えない。どうしようもできない私はただただ黙っていることしかできない。毎日、私の逃げ場所はここしかないのだ。階段を駆け上がり部屋の戸を閉める。親は子を選べるが子は親を選べない。人の宿命。親は自分の好きなように子を育てられる。洗脳だってできるから自分が望む子なんて簡単に作れるんだ。でも子はそんな自分の親を選べない。ましてや血縁関係であり自分を育ててくれた親を憎めやしないのだ。生まれた環境を恨んではそんな思いはどうすることもできない。父が母に手を出すことはしないが言葉だけが飛び交うこの家は私にとっては居心地が悪いんだ。私にとって悪い一面だけじゃなかった両親だからこそもっと憎めない。
冷えきったこの部屋から染み付いた兄の匂いがふっと香る。と同時に私の電話が音を鳴らす。
「暇になった。今何してる?飯は食ったのか?寒くはないか?ストーブはちゃんと付けろよ。付け方はわかるか?」
兄の声に今日もまたほっとする。私は1人涙を堪え平気なフリして兄と他愛ない話を続ける。私の居場所はきっとここしかないんだ。どうか兄だけは私のことを見捨てずにずっと側にいてくれますように。この部屋の片隅で今日もまた生きる理由を探してる。
題材「部屋の片隅で」
12/7/2024, 1:23:03 PM