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 ──ふと、身体を揺さぶられる気配がした。
 重い目蓋をあげて左側を見やると、白い衣の男がこちらを見つめていた。天真爛漫な昼間とはまったく異なる表情に何事かと上体を起こす。

「どうしたの」

 彼はすっかり気が滅入っている様子でぽつりと呟く。
 曰く、わたしが死ぬ夢を見たと。

「朝、いつものようにここに来てきみを起こそうとしたんだ。だけどいくら声を掛けても少しも動かないから、なんだ昨夜は夜更かしでもしたのかと身体に触れて、そしたら、……そうして触れたきみの身体が、いやに冷たくて」

「ええ」

「一気に身体が冷えて、目の前が暗くなった。死んだきみは眠るように穏やかな顔をして、嗚呼、ついにこの子までもが死んでしまったと、俺を置いていってしまったと思った」

「……ええ」

 自分の見たものを整理するように思い付くままに話す彼の、布団を握りしめる手が震えていた。
 血色の悪い肌をすぐにでも抱き締めてやりたかったけれど、なんせ彼はわたしより何十センチも身長が高い。上半身だけ起き上がった今の体制でわたしが抱き付けば、二人ともつらいかもしれないと思った。
 だからせめて、と慰めるように頭を撫でた。細い髪が指の隙間をさらりと通り抜けて、指先の肉と爪の間に入り込む。
 いつからか彼に握られた左手のひらをやわく握り返す。大きくて、滑らかで、よく鍛えられた男のひとの手。わたしはこの手が数多の人々を救ってきたことを知っているし、わたし自身幾度も助けられてきた。しかし彼の夢の中のわたしは──。

 触れ合ったからか、思考がまとまってきたからか少しばかり落ち着いたようだけれど、それでもまだ顔色は悪い。
 わたしはうまく口角を下げることが出来ないでいる。ただの夢の中での出来事で。わたしの死ひとつで、こうまで弱ることを知ったからだ。こんなちっぽけなわたしでも、強くて立派なこのひとを傷付けることが出来るのだと理解したから。

(貴方の取り乱す姿を見られて嬉しい、なんて)

 今ここで言ってしまえば、彼はついにわたしをすっぽりと隠してしまうだろう。
 わたしは大人しく口をつぐんで、鶴の羽毛のように真っ白な髪の毛をゆるりと撫で続けた。


▶静寂に包まれた部屋 #79

9/29/2024, 11:05:56 AM