ミミッキュ

Open App

"雪"

「う〜、さぶ……」
「みゃう」
 早朝の散歩中、医院を出て五分ほど歩いたところで風が吹いてきて、思わず身を縮め震わせる。昨日の予報で『今朝は冷える』と言っていたが、思っていた以上の冷え込みだ。
──ストールをマフラー代わりにして首に巻いてくれば良かった……。
 後悔しながらハナを抱える腕に力を込めてハナの体温で暖を取る。
「んみぃ」
 少し苦しそうな声を出して抗議する。
──悪い……けど我慢してくれ……。
 ふわふわの体毛で気持ち良く、身体が小さい為子ども体温でとても暖かい。微かにトク、トクと小さく細かな心音が鼓膜を揺らす。寒さに強ばっていた身体と心が少しずつほぐれていく。
 ハナの身体は日に日に大きくなっていく。少し前よりも身体が大きくなって少し重くなっている。順調にすくすく成長している事を肌で感じて感慨深くなる。
 ハナの暖かさに癒されていると、不意に頬に冷たい何かが触れた。
「冷たっ」
 思わず声を出して驚く。俺の声に驚いてハナが「みゃうっ」と小さく鳴く。
「あ……ごめんな、驚かせて」
 謝罪の思いを込めて、手袋越しにハナの頭を撫でる。すると、ゴロゴロと喉を鳴らしながら気持ちよさそうに目を閉じた。顔を上げて空を見る。曇り空が広がり、小さな白い綿のようなものが、はらはらと舞い落ちてきた。
「雪……」
 昨日の予報では『昼頃から』と言っていた。確かに降ったが、降るタイミングまでは外れたようだ。
「みゃ〜あ」
 するとハナが空から降ってくる雪に興奮の声を出す。
──こいつ、本当に猫か?
 前々から思っていたが、俺が知っている猫とかけ離れていて『猫に似た別の生き物なんじゃ……』と思う事が何度もあった。何度検査の時獣医に相談しようと思ったか。けど、俺と会ったのはまだ数ヶ月前だ。身体の大きさは成猫とあまり変わらなくても、生後は半年も経っていない子猫。目に映るもの全てが新鮮で、興味津々に何事にも物怖じせず近付いていく。危険だが微笑ましく、時にそれが羨ましく思う。
──こいつに沢山、色んなものを体験させてやりたい。
 そう思いながら、ジャンパーの中で前足を蠢かせるハナを宥める。すると、身体を捻って胸元に前足を付けてきた。暖かく柔らかな感触が、布越しに伝わってくる。
「どうした?」
 不思議に問いかけると首を伸ばして、素肌を晒している首元に擦り寄ってきた。喉まで鳴らし始める。
「な、なんだよ……っ」
 肩を跳ねらせ驚きの声を出すが、次第に暖かさに強ばっていた身体を弛緩させる。
「や、やめろよ……」
 首元を撫でるヒゲがくすぐったくて、くぐもった声で抗議する。だが止める気配が全くない。
「ふふ、笑って、う、動けねぇだろ……ふひ」
 それでもハナはスリスリを止めない。笑いで震える手で、何とか首根っこを抓る。
「みぃ」
「イタズラがすぎるぞ」
 声を低くして言い放つ。観念したのか「んみゅ……」と小さく鳴いて大人しくなった。「分かればいい」と抓っていた手を離し、ハナの背をジャンパー越しに優しく叩く。
──落ち着きが出るのは、まだまだ先だな。
 はらはらと舞い落ちる雪を見ながら大きなため息をついて、早く帰ろうと歩き出した。

1/7/2024, 2:21:26 PM