薄墨

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僕は急いでいた。
君に会わなきゃいけなかったから。

足の裏に感じる、大地を踏みしめながら走る。
自分の体を切る風が、耳の側を掠めていく。
暗闇の中、鼻がこちらだと告げている。

被害者がいつでも正しいとは限らない。
影の世界に追いやられた僕たちは、被害者であって、正義のヒーローではないのだ。

だから僕は君のところへ行かなくてはならないのだ。

昔、僕の種族と君たちは対立した。
革命者として侵略に現れた君たちは、すでに退廃と傲慢を極めていた僕たちの種族を、次々と正していった。
僕たちの種族が長らく忘れていた高潔さと、長い寿命を生み出す強い生への執着、強い団結力で、僕たちを次々と負かせていった。

戦いを忘れた僕たちは追われ、逃れて、暖かい日差しが当たる世界から、暗闇のみの影の世界へと追われていった。
そして影の中で、長らく目を瞑り、感覚を研ぎ澄ませ、牙だけを研ぐ存在として、細々と生きた。

君たちの種族は、平和を享受し、柔らかな日差しにゆっくりと軟化されていった。
かつての僕たちのように。

しかし、時代は変わる。
環境は変わる。
世界は不変で、だからこそ生きていく者たちには、停滞は許されない。

影に潜んでいた僕たちは気づいた。
この世界の終わりが近いことに。
かつて僕らを守り、君たちを助け、様々なものを恵んできたあの日差し。あの光が。
僕たちの世界をゆっくりと焼こうとしていることに。
あの日差しこそが、この世界の真の侵略者だということに。

きっと僕たちに勝ち目はないだろう。
侵略者に気づける僕たちは、あまりに光に当たらなすぎた。僕たちの種族は、侵略者に対する耐性を持たない。

きっと君たちに勝ち目はないだろう。
侵略者へ耐性を持つ君たちは、長年の平和ですっかり牙を捨ててしまった。君たちの種族は、もはや戦える者ではない。

きっと身を焦がして走ったところで、僕たちは滅びの一途を辿るに違いない。

それでも僕は走らなくてはならない。
だって、被害者がいつでも正しいことなんて、ないのだから。
僕たちの種族は、君たちと戦って得たこの教訓を忘れてはいけない。無駄にしてはいけない。

僕たちは、滅び方を考えなくてはならない。
最期まで、足掻かなくては。

光と影の境界を感じる。
鼻先に燻る匂いが漂う。

僕は足を踏み出す。
目が焦げる。
腕から煙が上がっている。

僕は、もはや灼熱にも感じる地面を踏み締め、走り出した。

7/2/2024, 1:02:32 PM